フクブクロ

後ろの物書き

第1話

 正月明けてしばらくは仕事が忙しくなるので、おかしな話だが年末に早めに初詣にやってきた。

 年末に初詣もおかしな話だから、初を取って単なる参拝と言えるのだろう。それでも境内は正月に向けて初詣客を迎える準備がされていて、何かを期待させる空気が漂っていた。


 ふと見ると小さな屋台が出ている。年が明ければこの参道は綿菓子やお面を売る屋台が左右にびっしりならんで賑やかだが、今はこの1軒だけだ。派手な色ののれんには「お楽しみ」の文字。売り物はべっこう飴だろうか、おもちゃだろうか?せっかく神社に来たのだから童心にかえって何か買って帰ろうと、俺は屋台を覗いた。


「お兄さん、福袋一つ千円だよ。どうだい?」

 屋台には小さな袋が並んでいて、これまた小柄な男がニコニコして商品を勧めてきた。

「種類は選べないが、本当の福が入ってる福袋なんか、めったに手に入らないもんだよ?この機会に買った買った」

 中身がくだらないものでも神社で参拝のついでに買ったものなら少しは幸運でももたらしてくれる気もする。

 千円と言う安さにもつられて、俺は端にあった空色の布袋を手に取った。

「これをもらうよ」

 小男の店主はにやりとして「お兄さんによい福が訪れますように」と言いながら袋をくれた。

 袋は手にとってみると着物の帯のような感触の織物で作られていて、これを小物入れとして使うにしても高級感があった。中身が去年の干支の置物だろうと、終わったアニメのキャラグッズであろうと、袋だけで千円の元は取った気がするので損はない。とりあえず手近な手水舎の横に腰掛けて、袋を開けてみた。

 「何も入っていない?」

 おかしい。確かに袋の外からは何か入っている感触がある。なのに中を見ると空っぽだ。首を傾げながら袋をもんでみたり押してみたりしたが、丸いような柔らかい何かが、確かに入っている感触はある。これは一体何だ?さっきの小男に聞こうと屋台を振り返ると、そこには何も無かった。

 「狐にでも化かされたか?まさかな」

 しかたなくそのまま袋を持って参拝し、帰ることにした。

 袋のことを気にしてぼんやりしていたのがまずかった。はっと気づくと俺は宙に舞っていた。異常にゆっくりと感じられる時間の中で、視野の端に車が見えた。ぶつかったんだ。こんなに飛んでいるんだから、これはたぶん、俺は死ぬ。

 そう思った瞬間、空色の袋はふわっと広がって俺を包み込んだ。柔らかな綿に包まれたような気持ちよさの中で、ふわりと地面に降りた俺には、かすり傷一つない。傍らにはぺちゃんこになったあの袋が落ちていた。もう、中に何かある感触はない。

 そうか、福袋だから福が入っていたんだな。生きて正月を迎えられるってのは、ありがたい福だ。

 空っぽになった袋を握りしめて、俺はいい気分で立ち上がった。


 

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