7.

* * *


 ギルドに戻ってきたアリサだが、壁時計を見上げながら落ち着きなく歩き回っていた。

 

 穏やかで優しいけど奥手なハリーと、気が強そうに見えて内心は乙女なローザが、あの後も上手く会話できているか心配で、手元の仕事が手につかないのだ。


「何をさっきからうろうろしているんだ?」


 ギルドのカウンターの中から、眼帯の店員、ケビンが声をかけてきた。


「あはは、デートの様子が気になって落ち着かなくて」


「結果はどうにせよ、君がやれるだけのことをやったのなら、待ってるしかないだろう」


 書類を片手に電卓を叩き、仕事をしているケビンはクールに告げる。


(ハリーさんとローザさん、二人に対する私のアドバイスは間違っていなかったはず。

 自信を持って、アリサ! 

 ……でも、相手は僧侶と魔法使いで、ここは異世界。何か前世と違うことが起こっても不思議ではない……)


 好感触で、次もまた会いたいと思ってくれたら良いな、と腕を組む。


 すると、ギルドの扉を叩く音がしたので、ケビンが立ち上がるよりも早くアリサがすぐに駆け寄った。


「はい、結婚相談所です!」


 おい、ギルドの要件かもしれないだろ、と小言を言うケビンに片手でごめんなさいと謝りながら、来客を確認したら、立っていたのはハリーだった。


「ハリーさんですか。

 デートはどうでしたか…?」


「すごく楽しかったので、ぜひ二回目もいきたいな、と……」


「良かったです! ではまたこちらで日時やお店は予約いたしますので!」


 アリサが喜んで頷くと、ハリーの後ろからローザも姿を現した。

 可愛らしいワンピース姿で、少し照れている。


 二人でデートの終わりに、次のデートも希望するためにギルドに寄ってくれたのだろう。仲が良くて良い傾向だ。


「それでは、僕はローザさんを送っていきますので」


「夜道を送るのは男性として良い行動ですよ! ではまた!」


 二人に手を振り見送ると、アリサはガッツポーズを取って喜びをあらわにした。


「うまくいったのか、良かったな」


「はい! おかげさまで!」


 ケビンの声に元気に返事をする。

 あの二人はきっと相性がいいと思ったアドバイザーの勘が当たって良かった。


「よーし、このまま成婚第一号がんばるぞー!」


 バンザイをして喜ぶアリサを、横に座るケビンが見つめる。


 奇妙な店を開こうと言い出した、世間知らずの少女だが、楽しそうで良いことだ、と口元に笑みを浮かべた。



*  *   *



 昼過ぎ、ギルドの前の道を、フードで顔の全体を隠した青年が歩いていた。


 その横を、大きな剣を腰に下げた男性があたりを気にしながら付き添っている。


「ルビオ様。お忍びとはいえ、城下町になど我が国の王子が来てはなりませんぞ」


 剣を下げた男性は、フードを被った青年の耳元で小さく名前を呼ぶ。


 一目を気にするのも当たり前だ。その青年は、このガーネット王国の皇族、ルビオ王子なのだから。


 宮廷の中は退屈だと、気まぐれで庶民の住む城下町へと現れては、店の商品などを物色して帰るのだ。


「だから側近のお前も連れてきただろう、クレイ」


 何か問題でもあるのか、と憮然と言い返すルビオ。


 クレイと呼ばれた男は、ルビオの側近をしている。

 大臣の父を持ち、代々王に使える家系に生まれたのが運の尽き。わがままな王子の要望に応える毎日なのである。


 やれやれ、とため息をつくクレイには気を留めず、向かいの通りの人が多い事に気がついたルビオがそちらに目を向ける。


「ギルドの前の通りが、何やら騒がしいな」


 冒険者がパーティを組むための仲間を探したり、武具や防具を集めるギルド。


 その店の前の通りにたくさん人が集まっている。通行人の邪魔になっているようだ。


「ああ、最近赤髪の若い女性が、結婚相談所なるものを作り、それが人気だそうですよ」


「……結婚相談所?」


 まだ開いて数日だが、その店の名前の珍しさは噂を呼び、宮廷内のクレイの元まで届いていた。


「今後様々なイベントも開催しますので、皆さんぜひ興味がありましたらご参加くださいー!」


 店の前で、赤い髪の少女が大きな声で宣伝をしているのが見えた。


 その時風が吹き、通りかかった人の持っていたのであろう、アリサの手書きのチラシがルビオの足元にひらりと落ちてきた。


 拾い上げ、その中身を読むルビオ。


『あなたの理想のパートナーを探します』

『明るい家庭、明るい未来!』

『相談料初回無料!』


 といったカラフルな文字で書かれた謳い文句が目に飛び込んでくる。


 ギルドの入り口でそれを配り、笑顔で挨拶をしているアリサの顔を遠くから見つめる。


「ふん。結婚相談所、か。くだらん」


 楽しそうに仕事をする、その赤髪の少女に向かって、吐き捨てるように呟く。



「私の理想の妻も、見つけることができるというのか…?」



 風が吹き、ルビオの頭に被っていたフードが外れる。


 そこには、輝く金髪、宝石のように澄んだ青色の瞳、目を見張るほど美しい青年が現れた。


 何人もの王女や貴族の娘と縁談をしても、その全てを破棄してきた、王国創立以来の超問題児。


 王位継承権一位のルビオ王子は、自嘲気味な笑みを浮かべ、手に持ったチラシを握りつぶした。

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