6.


*  *  *


「初めまして、ハリーと申します。緊張しますね」


「ローザよ。……そ、そうね」


 カフェの窓際の席。ワンピース姿のローザと、スーツ姿のハリーは向かい合って座っていた。二人とも、初対面のため表情は固い。

 冒険者ゆえ、普段男性と話す機会も多いというのに、意識すると急に気恥ずかしく、ローザはメニュー表に視線を落としながら何を話そうか悩んでいた。


「ローザさんがケーキがお好きだと聞いていたので。

 このカフェはチョコレートケーキが美味しいんです。良かったらどうですか」


「じゃあ、同じやつで」


 ハリーの言葉に同調する。


(そう、ローザさんはケーキが大好物。

 良いわ、ハリーさん!)


 アリサは心の中で賞賛を送った。


 実は、うまくいくかとても心配だったアリサは、二人のデートの様子を自分の目で確かめようと、少し前にカフェに来ていたのだ。


 二人の声が聞こえるよう、背中合わせの後ろの席で、魔法使いのようなローブをかぶって顔を誤魔化している。


 ソワソワしながら紅茶を飲んでいて挙動不審だが、緊張している二人は気がつかないのだろう。


 注文すると、すぐに店員から紅茶とケーキが運ばれてきた。


 フォークを手に持ち、チョコレートケーキを口に運ぶ。甘すぎないチョコの風味に、ローザが少し口角を上げる。


「ローザさんみたいなお綺麗な方が、僕みたいな地味な僧侶と会ってくださるなんて思いませんでした。

 もし良かったら、今日来てくださったお礼に、これを……」


 紅茶を一口飲んだハリーは、器を置くと、ラッピングされた小さなプレゼントをローザに手渡した。


 フォークを置きそれを開けると、中にはハンドクリームが入っていた。

 この町では有名なコスメ店で人気の商品だ。


「ハンドクリーム?」


(そう! 初対面のデート時に、あまり高価ではないプレゼントを渡すと、女性は喜ぶって伝えたの、実践してくれたのね!

 消耗品やお菓子が良いって言ったアドバイスも、ハンドグリームならピッタリね)


「ええ。よく教会に回復に来る魔法使いの方は、手先が荒れている事が多いので。

 恥ずかしながら、大きな怪我は治せても、些細な肌荒れは僕には治せないんです」


ハリーの穏やかな言葉に、ローザは恥ずかしそうに自分の荒れた指先を隠した。


(あら、手荒れの指摘なんて、彼女に失礼じゃないかしら……?)


 コンプレックスの指摘は、一番してはいけないことだ。好感度が一気に下がってしまう可能性もある。


 しかし、ハリーは重ねて告げる。


「ああ、ごめんなさい。嫌味で言ったわけではなくて……。

 それは、自分の仕事に誇りを持ち、さまざまな魔法で魔物を倒し、仲間を助けている証ですから」


 恥ずべきことではない、とても気高く誇らしいことなのだと、ハリーは語る。


「尊敬しておりますよ。

 ローザさんに気に入ってもらえるといいな」

 

 優しく微笑むハリーに、頬を紅らめるローザ。

 今もらったばかりのハンドクリームの蓋を開けると、そっと自分の細い指に塗る。

 心が落ち着く香りが、風に乗って舞う。


「いい香り。ハーブ、好きなの。

 ……ありがとう」


「良かった! ネイルも、素敵な色ですね」


 微笑み合い、二人の間には温かく穏やかな時間が流れた。


(ふふ……二人なら、問題ないみたいね)


 アリサはこれ以上の盗み聞きはやめようと、そっと席を立った。

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