第二章 お見合い

8.

 ゲームの中に転生して数日。宿屋の主人の厚意にて寝泊まりをさせてもらったが、ずっと甘えてはいられない。


 アリサは自分で部屋を借りるため、町の不動産屋に足を運んだ。

 転生した時にポケットに入っていた多少の小銭と、ローザとハリー達から払われた金額しか持っていないため、ほとんど手持ちがなく、借りられる部屋は限られていた。


 町の一番端、ギルドまで徒歩二十分以上あるその部屋は、埃っぽくボロボロの下宿だった。

 

 窓はひび割れて隙間風が吹き込み、ランプはチカチカと点滅している。

 扉を開けると軋む音がして、床を虫が這って逃げていくのが見えた。


(はあ……相談所を軌道に乗せて、もっといい生活をできるよう頑張ろう!)


 当初の目標はまず、まともな暮らしができるようにすること。

 異世界とはいえ世知辛い現実を目の当たりにして、アリサはため息をついた。



 ギルドの開店は十時。

 その一時間前には出勤し、カウンターの水拭き、床の埃を掃き、庭の草木に水をやる。

 窓を拭き、書類の整理をし、客を呼び込むため店の前の看板に字を書いていたら、ケビンがやってきた。


「おはようございます、ケビンさん!」


「……おはよう。開店準備万端で、俺が遅刻したみたいだな」


 まだ開店二十分前なので問題はないのだが、コーヒーを片手にあくびを噛み殺し、気まずそう頭を掻いているケビン。


「結婚相談所は雰囲気が命です。

 華やかな植物などの置かれた清潔な空間で、礼儀正しいコンサルタントがお出迎えすれば、成婚率もアップするんです!」


 ほうきを片手に笑うアリサに、無理はしないでくれよ、とケビンが声をかける。


 二人でギルド内の準備をし、開店時間となり、店の扉にかけられている看板を「CLOSE」から「OPEN」に裏返した。

 すぐに、一人の男性が店内に入ってきた。


「よおケビン。ギルドで結婚相談所やらを開いたんだって? 

 伝説の冒険者がおかしなことを始めたって話題だぜ」


 大柄で筋肉質な男性は、ケビンの知り合いのようだ。片手を挙げ、気さくにカウンター内のケビンに声をかけてきた。


「俺は場所を貸してるだけだ」


 腕を組んだまま、首を横に振るケビン。


「伝説の冒険者?」


「ああ、こいつは誰も倒せなかった最奥の森のドラゴンを一人で倒したんだ。

 この町の冒険者でケビンを知らない奴はいないよ。みんな憧れているんだ」


 不思議そうに聞き返したアリサに、丁寧に説明するジョン。最奥の森のドラゴンは、レベルがだいぶ上がった中盤以降にしか倒せない、ボス並みのモンスターだったはずだ。


「よせ、昔の話だ」


「二年前に急に引退して、ギルドを開いたんだよな」


 ジョンに褒められても、謙遜して目を伏せるケビン。


(ケビンさんってすごい強い冒険者だったのね。ゲームのキャラにそんな裏設定があったとは……。

 確かに、ギルドを訪れる人たちからの人望も厚いみたい)


 ゲームをかなりやりこんでいるアリサだが、ケビンは序盤から出てくるギルドの説明要因キャラだと認識していたので、実は元冒険者で引退しギルドを開いたとは知らなかった。


「今日は何の用だジョン。いい剣が入っているぞ。それともパーティメンバー募集か?」


 本題に入ろうとケビンが用件を問うと、


「いや実は、俺は結婚相談所に用があるんだ。

 恥ずかしながら、俺もいい歳だしよぉ」


 冷やかしに来たのかと思いきや、意外にもジョンの目的は結婚相談所だったようだ。


「わあ、ぜひご相談ください!」


 アリサが喜び声をかけると、照れて頬を掻きながらジョンはカウンターの席へと座った。


(よし、今回も相談がうまくいけば成婚報酬をもらえるから、あのボロくて虫だらけの部屋ともおさらばできる!

 お金は大事よ、頑張らなきゃね!)


 早速プロフィールカードを書いてもらおうと、紙とペンを手渡す。



 スラスラと書き終わったので、アリサが内容を読む。

 そこには、タイプの女性の欄に「可愛い子」と書いてあった。


「ジョンさん、このタイプの女性のところですが……」


 可愛い子、の詳しい意味を知りたくてアリサが問いかけると、ジョンはそこは大事だ、とでも言うように意気揚々と語り出した。


「ああ、相手は若くて可愛くて、スタイルのいい子がいいな! 

 酒も飲めるとなお良し!

 巨乳の踊り子の彼女が欲しいぜ」


 悪い予感は的中した。

 ジョンは目を輝かせて理想の女性像を語っている。


 踊り子というのは、主に酒場などで水着のように肌の露出の多い衣装を着て、ダンスショーを開催している女性のことだ。

 前世だと、ショーモデルやコンパニオンの類だろうか。


(て、典型的な女性の見た目しか見ていないタイプね……。

 彼女は欲しいけど、結婚願望はまだ無さそう)


 よくいるのだ。結婚相談所に来ているのに、実際にお付き合いをし結婚するというよりは、憧れや推しの対象となる相手を挙げるような人が。


 一応、アリサは手元の会員一覧のファイルを読み返してみたが、踊り子の女性はモテるため、そもそも結婚相談所の登録者がいない。


(まあ、そりゃいないわよね。でも大丈夫、こういう男性も前世にはよくいたわ。

 キャバクラや飲み会に行く方が気楽な人が、結婚相談所に足を運んでくれたことが、すでに良い傾向。

 現実的な女性を紹介すれば、意外ととんとん拍子にうまくいくのよね)


 本人も、もういい歳だしだと多少危機感を持っているようだった。

 散々遊んだ人の方が、気持ちが切り替わるとすぐ結婚するのも、経験上多く見てきた。

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