2.
* * *
ゆっくりと目を開く。
自分の部屋ではない、ウッド調の天井。上半身を起こすと、ふかふかのベッドの上に寝ていることに気がついた。
「ここは……どこ?」
昨日は夜遅く自分の部屋に帰ってきたはずだ。頭が痛くてソファで寝たのに。記憶が曖昧なので、立ち上がって辺りを見回す。
すると、壁に鏡がかけてあり、そこに映っていたのはーーー赤いロングヘアーの、美しい少女の姿だった。
「……え、これが……私!?」
髪の毛を引っ張ってみるが、痛い。
間違いなく鏡に写っているのは自分で、ツヤツヤな髪に透けるような白い肌、大きな緑色の目が特徴的だ。
どこかで見たことがあるような気がした。
コンコン、と扉を叩く音がした。
「おお、起きたかね。大丈夫かい?」
白髪の老人が心配した様子で部屋に入ってくる。髪を掴んだまま鏡と睨めっこしている少女を見つけて、驚いているようだ。
「あなたは…?」
「わしはこの宿屋の主人だ。君は昨日の夜、道端で倒れていたから助けたんだよ」
そうだった。熱を出し自分の部屋でソファに倒れたことを思い出す。
しかし、ここは一体どこだろう。
「助けてくださってありがとうございます。
あの……私記憶がないみたいで……」
記憶喪失だなんていうと怪しまれるだろうと思いながら小声で言うと、宿屋の主人は顎に手を置き首を傾げた。
「魔物と戦ったショックか何かかねぇ。
『プロフィール』を開いてみれば良いんじゃないか」
「プロフィール?」
「誰でも使えるスキルじゃよ、唱えてみるがよい」
主人に言われたので半信半疑でプロフィール、と口に出してみたら、目の前の空間に画面が現れた。
SF映画のように、空に浮かんだ画面は透けており、向こう側に主人の姿も見える。
その画面には赤髪、緑色の目をした少女の顔の横に、「アリサ」と書かれていた。
「名前の欄にアリサとあるのが君の名前じゃろう。何か思い出したかい?」
プロフィール画面、ヒロインのキャラデザ、自分の本名をカタカナにしたキャラ名。
全てが記憶にあった。
大好きなゲームアプリ、ソードオブトレジャーのセーブデータのヒロインだ。
「私はアリサ……。
じゃあ、ここはどこですか?」
「ガーネット王国の城下町、フィルタウンだ」
やはり間違いない。
フィルタウンといえば、多くの冒険者が集まりギルドメンバーを募り、モンスターの出る森へと戦いに出かける、一番メインの街である。
(まさか私、ゲームの中に転生しちゃったの!?)
仕事で疲れた時など、ああゲームの世界へ行きたい、異世界転生したいなどと深夜の電車に揺られながら妄想していたが、本当に来ることができたとは。
アリサはゲームの世界が広がる窓の外を見ながら、感動半分、不安半分の複雑な気持ちを抱えていた。
「まあ大変だったろうから宿代はおまけしとくよ。体調が良いなら町を散歩して来るといい」
「あ、ありがとうございます!」
気の良い宿屋の主人に促され、町中に出かけてみようと部屋の外へ歩き出した。
* * *
(夢みたい…本当にゲームの中の世界だわ…!)
石畳の道、レンガ造りの家、遠くにはガーネット王国のお城が見える。
道行く人たちも、みんなゲームに出てくる、冒険者達の格好をしている。
長い剣を背中に持った青年や、杖を持った魔法使いの女性、屈強な武闘家や、銀の甲冑を着込んだパラディンもいる。
信じられないが、もうこうなったら夢のゲーム世界を満喫しよう、と鼻歌まじりで石畳を歩く。
ヨーロッパのような街並みで、行き交う人たちも様々な髪や目の色をしている。
町中の宿屋や、レストラン。武器屋などを見渡しながら、アリサは眉間に皺を寄せる。
(でも、なんだろう……みんな表情が暗くて、町全体の空気が重いわ)
すれ違う人が皆元気がなく、怪我をしている者も多い。
「ちっ……しくじったぜ。
教会で回復してもらわないと……」
「ああ。報酬ももらえないし、最悪だな」
大きな剣を腰に下げた二人の剣士が、体中傷だらけのまま肩を落として歩いている。
「美味しいものでも食べて元気つけたいなぁ……」
「宿屋に帰って休もう」
ローブを着込んだ魔法使い風の女性と、固い甲冑を全身につけたパラディンらしき大男も、疲労からか顔色が悪い。
(みんな冒険者なんだ、戦いばっかりで心も体も疲弊してるみたいね……)
自分とそう歳も変わらない若者達が、みんな疲れ果て傷だらけで行き交うのを目の当たりにして胸が痛い。
綺麗な町並みだというのに、どこか廃れた印象を受けてしまう。
すると目の前に、ギルドと看板がかけられた煉瓦造りの建物が見えた。
窓から室内を覗き込むと、ギルド内は多くの人が集まっており、ガヤガヤと騒がしい。
右も左も分からない状況なので、情報収集でもしようとアリサはギルドの中に足を踏み入れた。
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