3.
(いっぱい人がいる……冒険者は若い人が多いんだなあ)
格闘家のような道着を着ているたくましい男性、分厚い本を持ち歩いている賢者風の知的な青年。肩に小動物のようなモンスターを乗せている女性は、猛獣使いだろうか。
物珍しそうにあたりを観察していたら、後ろから声をかけられた。
「君、ここでは見ない顔だな。
仲間を探しているのか?」
その青年は、さらさらの黒髪で、左目には眼帯をつけている。
背が高く、引き締まった体をしている美青年だった。
(うわ、ギルドの店員のケビンさんだ……!
生で見てもかっこいい!)
前世でゲームをしていた時に推していたキャラの一人である。
彼の限定スチルが見たくて、何度もイベント時にはセーブをしてからギルドに通ったものだ。
「あ、いや、この町に初めて来たので、ギルドに寄っておこうかと思って……」
急な美形の登場に、アリサは照れて視線をさまよわせ、しどろもどろになっているが、
「君のジョブはなんだ? 商人には見えないが、魔法使いかソードマスターか。
見たところ武器は持っていないみたいだが」
真面目なギルドの店員であるケビンは、腕を組みながら問いかけてくる。
「ええ、まだ戦ったことはないのでジョブとかは…」
「初心者か。なら上級者と組んで、最初は弱いモンスターを相手に特訓するといい。
ただ今は上級者は同じレベルの者と組んで最奥の方に向かう奴が多くて空きがいるかな」
ギルド登録者のリストを見ながら、親身に探してくれるケビン。
(ゲームの世界に転生しちゃったのなら、目的はモンスターを倒してイベントをクリアしていかなきゃいけないよね。
でも戦いなんて、怖くてしたくないよ…!)
屈強な戦士たちですら、ボロボロになっていたのを思い出し、運動音痴な自分がゲームの世界とはいえ戦いなんてできるわけがない、と身を縮こませる。
そしてふと、気になった。
町にはこんなに若者が多いのに、カップルらしき男女が全くいないことに。
「あのケビンさん、一つ聞いていいですか?」
「……なんで俺の名前を?」
まだ名乗っていないのに名前を呼ばれ、訝しげに右目を細めるケビン。
慌ててアリサが取り繕う。
「ぎ、ギルドのケビンさんって言ったら有名じゃないですか!」
「……へえ。で、質問とは?」
少し不審そうにしていたが、何とか誤魔化せたようだ。
「この町にいる人たちって、若い人が多いですね。みなさん独身なんですか」
「モンスターの出る森が近く、冒険者の集まる場所だからな。
みんな魔王を倒す志を持っているし、肉体的にも若者の方が有利だろう。
あとはまあ……命の危険があるから、独り身の方が気が楽なんだろう」
アリサの質問の意味がわからず、ペンで頭を掻くケビン。
人間を襲うモンスターを倒すために、強くなろうとする冒険者たちの誇り高き気持ちは素晴らしい。
でも、暗く辛い表情をしている人ばかりで、町全体が暗くなってしまっている。
見過ごせない。
「それで、君はなにができるんだ?
剣か、魔法か、回復役か。それとも商人か?」
ケビンがギルドの仕事のために、今一度アリサの役割について尋ねる。
アリサの頭の中に、幼い頃の親戚の結婚式の情景が思い浮かんだ。
幸せそうなお姉さんのような人を増やしたくて、結婚相談所に就職し、婚活界隈を盛り上げてきていた。
素敵な人と出会えたよ、ありがとう、とお礼を言ってくれた人たちの姿を思い出す。
(私の役割は……婚活アドバイザーとして幸せなカップルを増やし、みんなを笑顔にすること。
それは、異世界だって関係ない!)
不器用な自分が、前世で一生懸命頑張っていた夢を、この世界でも叶えたい。
「ケビンさん、お願いがあります。
ギルド内のはじっこでいいです。
私に、結婚相談所をつくらせてください!」
「け、結婚相談所?」
拳を握り、高々と声を上げたアリサに、単語の意味がわからないとケビンが聞き返した。
なぜ私が異世界に転生したかはわからない。
素敵なカップルたくさん成立させて、街の人たちを笑顔にする。
そのためには結婚相談所を開かないと、とアリサは意気込んだ。
「なんだ、それは」
「独身の男女にプロフィールを登録してもらって、相性のいい異性を紹介する場所です。何度かお食事をしたり二人の時間を作ってもらって、お互い気に入ればカップル成立です。
真剣交際をはじめて、相談所は退会となります」
前世での婚活アドバイザーの血が騒ぎ、まるで営業するように熱く語るアリサ。
その剣幕に、思わず後ずさるケビンだが、アリサは口上を止めない。
「ギルドは、ステータスやレベルの合う冒険仲間を探すための仲介所でしょう?
それの、恋愛・結婚版です!
なかなかお忙しくて異性を探すことのできない方々のサポートを私がします」
「だからさっきも言ったが、命の危険があるから皆所帯など持ちたくないのでは……」
ケビンの言葉もごもっともである。
常に死と隣り合わせの冒険者は、残していく者がいない方が良いのだと考えるのであろう。
「逆です、守りたい人がいるから強くなれるんです!
大切な家族の元に帰ろうと思うから、頑張れるのです!」
優秀な起業家や経営者、エリートサラリーマン。みんなが口を揃えて言っていた。
どんなに仕事を頑張っても、帰って一人、暗くて寒い部屋で食べるご飯は、虚しいと。
現世での相談者の人を思い返し、熱の入るアリサ。
ギルドに居た人たちは、アリサとケビンの会話を遠巻きに見つめている。
口喧嘩でもしているのか、と野次馬たちが周りに集まり始めてしまった。
「わ、わかった……。
ちょうど配置換えをして、端のカウンターが一つ空いているから、そこなら好きに使って良いよ」
根負けしたのか、両手を小さく挙げてケビンが承諾する。
「ありがとうございます!
私はアリサと申します。よろしくお願いします!」
説得が効いたのだと、感激したアリサはケビンの手を握って上下に振った。
急に手を握られ、驚いたケビンは顔を紅くし、視線を宙に泳がせた。
「まあ、よろしく。何か困ったことがあったら言ってくれ」
左眼に眼帯をつけた青年は、そう言って手を離すと、小さく微笑んだ。
(よーし、明日から異世界での結婚相談所、開店よ!
町中の人が幸せになれるよう、頑張るぞー!)
婚活アドバイザーの腕の見せ所だと、アリサは心の中でガッツポーズをした。
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