地の妖精の愛し子と初恋の少女1

小さい町の片隅にその店はあった。

吊り下げられている看板には宝石鑑定と細工師を示す模様が書かれている。


店主はまだ年若い青年だ。

歳は二十歳を少し超えたくらいだろうか。

人畜無害そうな容貌。

白金色の髪は目立つが他にもいないわけでない。


何より特徴的なのはその瞳だ。

胡桃色の瞳に虹彩の色は金色だ。


それは地の妖精の愛し子の証。

彼は地の妖精の愛し子だった。




*




クシャフは作業の手を止めて息を吐く。


『クシャフ』


呼ばれてそちらに視線を向ける。

焦げ茶色の緩く波打つ長い髪と黄土色の瞳の整った容貌の女性がクシャフを見ている。

地の妖精だ。

クシャフは軽く首を傾げた。


「どうしたの?」

『いいえ。間に合いそう?』

「うん、間に合いそうだよ」

『よかったわね』

「うん」


クシャフは表情を緩めて微笑わらう。


少し急ぎの依頼だった。

普段ならよほどのことがない限りは急ぎの仕事は受けないが、今回は特別だった。


友人からの依頼だったのだ。それも結婚式で花嫁が身につけるもの。

それと結婚指輪も。


「お前の作ったものがいいんだ」と言われれば断れない。

それに彼らの結婚を祝う気持ちはもちろんクシャフにあるから引き受けた。

納期的には厳しかったが、何とか間に合いそうだ。


手を抜きたくはなかったから連日遅くまで作業していた。

地の妖精からはたびたび苦言を呈されたが、そうしないと間に合わなかったのだから仕方ない。

これでようやく彼女も心配から解放されるだろう。たぶん。


地の妖精が作業机の上をのぞき込んできた。


「どうかな?」

『うーん、いいんじゃないかしら。素敵だわ。きっと世界一の花嫁になるんじゃないかしら』

「本当かい? それならよかった」


クシャフは表情を緩めて微笑わらう。


二人にとって一世一代の晴れ舞台だ。

そこに自分が作ったものが華を添えられるなら嬉しい。

地の妖精のお墨付きなら安心だ。


「あとは細かい調整だけだから今日はもう寝ることにするよ」

『そうしてちょうだい』


思った以上に心配をかけていたようだ。

ごめん、と言う代わりに「うん」と頷く。


細工物を載せたトレーを端に避け、作業台の上を丁寧な手つきで片づける。

それが終わると立ち上がり、大きく伸びをする。

身体が固まっていたらしくあちこちがみしっと鳴る。


それに思わず苦笑する。

同じ体勢で何時間も作業をしていれば、そりゃあ身体も固まる。


地の妖精の呆れたような視線が突き刺さる。

それに気づかないふりをして細工物をトレーに載せたまましっかりと金庫にしまう。


「さて寝ることにするよ」

『ええ、お休みなさい、よい夢を』


地の妖精がクシャフの額に口づけた。

寝る前のおまじないだ。

子供の頃から、それこそ恐らく赤ちゃんの頃から受けてきたもの。

だからクシャフにとってそれは受けるのが当然の習慣だった。


「うん、お休み」


クシャフは寝室へと向かった。




*



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