水の妖精の愛し子の巣立ち5
夕食後にお茶を飲んでまったりしていた。
「シェナは町の中で暮らしたいとは思わない?」
唐突に母に訊かれてシェナは目を
「急にどうしたの?」
「ちょっと気になったの」
「何が?」
本当に母の言っていることの意図がわからなくて首を傾げる。
「私たちに付き合わせて森の中に住んでいるけど、シェナは町に暮らしたいと思わない?」
「え、思わないけど」
何で急にそんなことを訊くのだろう?
「そういうとこ。ずっと森で暮らしているからシェナは町での暮らしを知らないでしょう。この先のことを考えたらそれはよくないことなんじゃないかと思って」
「この先の、こと?」
思わずきょとんとしてしまう。
本当に何の話だろう?
「そう。そろそろこの先のことを考えないと駄目だと思ったのよ」
シェナは首を傾げる。
生まれた時からシェナの知っているのは森での暮らしだけだ。
それ以外のーー例えば町での暮らしなどは知らない。
知らないからここでの暮らし以外想像できない。
想像できないからその暮らしを望むことはない。
知らないからこそーー怖い。
「どう、シェナ、一度町で暮らしてみない?」
「え……?」
頭をがつんと殴られたような気がした。
そんなことになればーー水の妖精と会えなくなる。
シェナの大切なお友達。
彼女のいない生活なんて考えられない。
考えられないのに。
唇は震え、それ以上は何も言えなかった。
「もちろん一人じゃないわ。私たちも一緒よ」
それにもやはり何も言えない。
本当は嫌だ、と言いたい。
でも声は喉に絡まり、言葉にはならない。
きっと嫌だ、と言えば母親も諦めるだろう。
一時的なことかもしれないけれど。
でも今はそれすらも声にならなかった。
何も言えないシェナに母親は一つ頷く。
「いきなりでびっくりさせちゃったわね」
「う、うん」
びっくりしたことは確かだ。
考えたことも望んだこともないことだったから。
「でもねお父さんとずっと考えていたことなのよ」
「そうなんだ」
ちっとも気づかなかった。
母だけではなく父もこのままではいけないと思っていた、ということか。
シェナだけが、ここでずっと暮らしていきたいと思っていたのだ。
いや、両親はたぶん一生をここで過ごすつもりなのだろう。
ただシェナのことを考えて町で暮らそうと考えているだけだ。
余計なお世話、だと思ってはいけないのだろう。
シェナのためを思ってくれているのだから。
だから思ってはいけないのだ。
母親はシェナの気持ちに気づかない。
「少し考えておいてちょうだい」
「……ええ」
辛うじて頷いた。
一先ずそれで今はその話は終わりになった。
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