水の妖精の愛し子の巣立ち4

「それで終わり?」

「いや、まだ少しある」

「私、取ってくるね」


シェナは外に出て荷馬車に向かう。

今回はいつもに比べて量が多かった。

とても一回では運べない。

と、父が追って出てきた。


「一人じゃ無理だからね」

「そうみたいね」


笑って父と持ち合って中に運び入れた。


「今回は多めだね」

「少し間が空いたからね」


店主と母のそんなやりとりが聞こえる。


「ああ、確かに久しぶりだ」


納期が決まっているわけではなく、ある程度の量が出来たら売りに来ているのだ。

店主が持ち込んだ品を見回す。


「少し時間がかかりそうだ」

「別に急いでいないから構わないわよ」

「じゃあのんびりやるか」

「まあほどほどにしてちょうだいね」

「はいはい」


軽快にやり取りしているのは、それだけ付き合いが長いからだ。

それを背に聞きながら外に出た。

もう一往復して荷台のものを運び終える。

店主は両親と楽しそうに話しながら個数を数えている。

まだまだかかりそうだ。


「私、外で待ってるね」

「わかったわ」


母の声を背に外に出る。

そのまま荷馬車の荷台に腰かけて足をぶらぶらさせる。

手持ち無沙汰だ。

別に会っておきたい人もいない。


こういう時、ここに水の妖精がいてくれたら、と思う。

シェナの一番の友達。

本当はいつでもずっと傍にいてほしい。

あの泉に縛られている彼女には決して言えないこと。

彼女といればどんなことでもどんな時でもきっと楽しい。

町に来ることもきっと楽しいだろう。


シェナには町は楽しいところと思えなかった。

友人の一人もいれば違うのかも知れないが、町に顔見知りはいても友人らしい友人はいない。

普段は森の中に住んでいて、時折こうして家族と来るだけ。

それも短時間だ。

それで友人を作るのはなかなか難しい。


だからと言って今さら町に定住して友人を作りたいという気持ちはない。

それなら水の妖精が住む泉が近くにあるあの家でずっと暮らすほうがいい。


水の妖精はシェナの一番の友人だ。

一番の友人の傍にいたい。

それだけでいい。


シェナは誰かに会いに行くこともなく、両親が出てくるまでずっとそうやって荷台に座って待っていた。







ずっとこんな日が続いていくと思っていた。

そう願っていた。

だけど、シェナの想いとは裏腹に事態は動くことになる。




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