風の妖精の愛し子とキャラバンの仲間たち7

別の男が声を上げる。


「だとしても、今は悪戯もしてないじゃないか。後ろめたいからじゃないのか?」


タニトは呆れた視線を向ける。

本当に何もわかっていない。


「ジーフが安心して悪戯できていたのは、信頼があったからだ」

「信頼、だと?」


どういう意味かわからないという顔だ。

だからタニトは補足する。


「悪戯しても怒られはしても見捨てられることはないという信頼だ」


今のジーフは大人しい。

大人たちの手伝いを静かにして、それ以外の時間は隅のほうでじっとしている。


他の子供たちはジーフをどう扱っていいのかわからない様子だ。

ジーフと彼らの間はぎくしゃくしている。

今のところはまだ苛められたりはしていないが、何かきっかけが一つでもあればそれも崩れてしまいそうな危うさがある。


「だがその信頼も今はない。だから悪戯なんてしない。いや、できない。そんなことをすれば捨てられるかもしれないからな」

「馬鹿な。捨てるなど、そんなことするはずがない」

「本当か?」


タニトはぐるりと周りを見回す。

何人かが気まずげに視線から逃れるように顔を背けたり、うつむいたりしている。

考えたことがあるから気まずいのだろう。


本当にそんなことをされないようにタニトは策を巡らせる。

そんなことになればジーフは深く傷つく。

今だって傷ついているのだ。

これ以上傷つけたくない。

泣く場所のないジーフのためにタニトはできるだけのことはするつもりだ。


「ジーフが悪戯ばかりするのは寂しいからだろう」


タニトが諭すように言う。


「寂、しい……」

「気づかなかったのか? ああ、気づかないか。俺が気づけたのも、ジーフの寂しさがわかるからだしな」


幼い頃から親がいなかったのはタニトも同じ。

だからタニトは人一倍ジーフを気にかけているし、年の離れた弟のように思っている。

どういうことかわかっていない者たちのためにタニトは補足する。


「夜中に悪夢を見て飛び起きてもジーフには潜り込める親の懐というものがないからな」


その言葉にはっとしたり、そっと視線をそらしたり。

誰もそこまで考えてはいなかったのだろう。


平等に扱っているつもりでも実際はそうではないのだ。

無意識に自分の子供を優先していることがある。

無意識だからこそ気づかない。

気づくのはいつだって無意識にないがしろにされた者のほうだ。


「……お前がジーフを庇うのは境遇が同じだからか?」

「何?」


タニトの視線が思わず鋭くなる。


「だから、お前も親を幼い頃に亡くしていてジーフと同じだから同情して庇うのか? と訊いているんだ」

「同情じゃない。やったのを誰も見ていないのにジーフばかりを疑うのがおかしいって言ってるんだ」

「そんなの状況を見れば明らかじゃないか。物凄い音がして駆けつけたらジーフがいた。普段から悪戯ばかりだからな。ジーフがやったに決まってる」

「本当に他に誰もいなかったのか?」

「どういうことだ?」

「人の来る気配がして慌てて逃げたとか、とっさに隠れたとか、その可能性はないのか?」


それには誰も答えられなかった。


散乱した荷物の前にジーフがいた。

普段から悪戯ばかりしているし、今回のこともジーフがやったのだろうと決めつけた。

だからジーフにばかり気が行き、他の誰かがいるかもしれないなどと考えもせず、注意も払っていなかった。


タニトに指摘されて初めて気づいたのだ。

何人か気まずそうに視線をそらしている。

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