森の隠者と火の妖精に呪われた町6

『言っておくけど、僕たちはこれ以上の妥協はしない』

『十分譲歩はしたよ』

『本当はすべての火を取り上げてもよかったけれど、あの子が人間には火が必要だって言うから』

『幼い子供たちがいるからって。火がないとそういう弱い者からむしばんでいくからって』


本当に優しい女性のようだ。

そうでなければとっくにこの町から火は取り上げられていただろう。

確実に死者が出ていた。

そうなれば憎しみはどうあっても止められなくなっていた。

そうなれば町は滅亡に向かっていたことだろう。


それがわかっている者は果たしてどれくらいいるのだろうか。

いや、今までは気づいていなかったが今までのやりとりで気づいた者もいるかもしれない。

何人かがはっとしたような顔をしている。

これで少しは火が戻る希望が持てるだろうか。


『だいたい簡単なことでしょ? あの子がやったことを思えば』

『子供たちを助けたことだけじゃないよ?』

『そもそも今まだ火が使えるのはあの子がそう願ったからだ』

『私たちは火を全て取り上げてもよかったのよ』


そう、本来なら簡単なことのはずだ。

恨みの伝播と同じように彼女のしたことが伝播すればいいのだ。

彼女が行ったことは悪事ではなく善事なのだから。

だから彼女のしたことを広めれば問題は解決するはずなのだ。

少なくとも今この広場にいる者の中できちんと理解できた者はすぐにでも火を使えるようになるだろう。


だがここにいない者たちは?

今小さくとも火が使えているのは彼女のお陰だと言われてどれだけの者が信じるだろうか?


彼女のせいで扱える火が小さくなったと信じている者が彼女に感謝などするだろうか。

無理だな。

即座にだんじた。


信じるはずがない。

彼女の評価が真逆になるのだ。

到底受け入れられない者が大半だろう。


それにここには"金色の虹彩の赤い瞳の者は災いをもたらす"という迷信が根付いている町だ。

扱える火が小さくなるということ自体を災いととらえていれば、小さくても火を扱えることに感謝するのは到底無理だろう。


だが火の妖精もこれ以上は譲歩しないだろう。

自分たちの愛し子が侮辱されたのに火を取り上げなかったのが最大の恩恵だ。これ以上は無理だ。


大半の人間が扱える火を小さくしているのなら、その分だけ彼女が侮辱されたということだ。

それでも我慢に我慢を重ねて完全に火を取り上げないでいてくれているのだ。


人間はそれを知らねばならない。

そうでなければ、この状況はずっと続く。

そうすればやがては彼女だけではなく火の妖精のことも憎むことになるだろう。

憎んだところで何の解決にもならない。

それでは火の妖精から火を貸し与えられることなどなくなってしまう。


彼女の抑止力もどこまでつかわからないのだから。

我慢の限界値が来れば火自体を取り上げて町を滅ぼすだろう。


変わるべきは人間のほうだ。

いつまでも火を災いと言っていてはいつ完全に火の妖精に愛想を尽かされるかわからない。


普段火の恩恵にあずかっているのにその火を災いと呼ぶ矛盾をわかっているのだろうか?


どの属性のものも過ぎれば人にとって災いとなるのは変わらない。

それを火だけを災いとしているのだ。


言い出した誰かはきっと火で怪我をしたか大切なものを失ったかしたのだろう。

それが根付いてしまうくらい、昔から火による災いが多かったのかもしれない。


だからといって同情はしない。

これは今ここで断ち切らなければならないものだ。

そうでなければ同じことが繰り返され、いつかは完全に火を失うだろう。

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