森の隠者と妖精の愛し子10


「それで、どうなったの?」


座ったこちらの膝の上に身体を半分乗り上げて、幼い娘がきらきらとした瞳を向けている。

母親そっくりな、金色の虹彩の若草色の瞳。

妖精に愛されている者の証。


「愚かなその男は彼女の妹をめとった」


娘はぷくりと頬を膨らませた。


「もう、お父様違うわよ。そんな男のことはどうでもいいのよ。彼女はどうなったの?」


くすりと笑い、その頭を優しく撫でる。


「物語の結末は決まっている。その娘は仲の良い妖精たちとずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


娘はぱっと笑顔になった。

その笑顔を見ながら思う。



いつか、この娘(こ)もーー

運命に呼ばれて、この森を出て、恋をするのだろうか。



彼自身のように。

そして、恋い焦がれる半身に手を伸ばすのだろうか。

その手を離したくないと強く願うのだろうか。

傍らでずっと笑顔でいてほしいとそっと祈るのだろうか。



「ただいま」


木の実のたくさん入った大きな籠を持って女性が家に入ってきた。


「お母様! おかえりなさい!」


ぴょんと跳び跳ね、娘が駆け寄っていく。

娘を優しく見下ろす瞳は娘と同じ金色の虹彩の若草色の瞳。髪はまばゆいばかりの淡い金色だ。


「ふふ、ココ、いい子にしてた?」

「もちろん! ね、お父様?」

「ああ、もちろん」

「そう」


妻は優しく娘の頭を撫でた。

昔彼がよく妻にしていたのと同じように。


「お母様、わたしが運んであげる」

「あら、じゃあお願いしようかしら。でも、重いけど、大丈夫?」

「大丈夫!」


娘が妻から籠を受け取って台所に運んでいく。


「気をつけてね」

「はーい」


娘が台所に消えていくのを見届けてから妻に歩み寄った。

その頬に口づけを落とし、


「お帰り、リーシャ」

「ただいま、フォン」

「また妖精たちに悪戯されたのか?」

「仕方ないわ、あの子たちの性(さが)だもの。でも、水をかけられそうになったのは避けてやったわ」


そう言って明るく微笑わらう、その瞳にかつての陰はもうない。


「髪に草がついているぞ」

「ふふふ。風は避けようがないもの」


手を伸ばし髪についた草を取ってやる。


「ありがとう」


輝くような笑顔を向けてくれる。

かつて見たかった憂いのない笑顔だ。

手を伸ばし、抱き締める。

想いを告げる言葉を出し惜しむことはしない。


「愛しているよ、リーシャ」

「私も愛しているわ、フォン」


かつてリーシアと呼ばれた少女はもういない。

愛する男と愛する娘に愛された幸せなリーシャという名の女性がいるだけだ。

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