森の隠者と妖精の愛し子8

「人間は記憶を重ねるものだ。楽しかったり嬉しかったり幸せだったり、そういう素敵な記憶が重なれば愛しく大切になろう。たが逆に悲しかったり惨めだったり痛かったり、そういう嫌な記憶が重なれば軽蔑し嫌いになろうよ」


……わかっていた。

本当はわかっていたのだ。

ザイールからリーシアの心がどんどん離れていくのはわかっていた。

その原因がザイールの言動であることも。


嫌っていたわけではない。

ただどう接していいのかわからなかっただけだ。

ただ気を引きたかっただけだ。

あの綺麗な瞳に映りたかった。


初めてリーシアに会った時、その瞳のあまりにも綺麗さに吸い込まれそうになってじっと見ていたことを今でも覚えている。

まだほんの二、三歳の頃のこと。

鮮やかな一番初めの記憶。

あの時からずっと、ザイールの心にはリーシアがいた。



本当はーー笑顔が見たかった。

その笑顔を向けられたかった。

その笑顔の隣にいたかった。



「この村も、彼女にとっては決して居心地のいい場所ではなかった」


ザイールはもう無言で目を見開く。

そんなはずはない。

ここはリーシアの生まれ育った場所。

小さな村だ。みんな家族のようなものだ。

誰もリーシアを疎んじてはいなかった。

それどころかみんなザイールとリーシアの仲を案じてくれていた。

みんなの助言だってすべてはザイールとリーシアの仲を案じてくれたがゆえのもの。


「自分を疎んじている相手と仲良くするよう言われるのは苦痛だろうよ」

「疎んじてなどっ……!」


ないとまで言い切らせてはもらえなかった。

その瞳は全てを見透かしているようだ。


疎んじていたわけではない。

ただ、怒りはあった。

いつからか、心の奥底に、ずっと。


ザイールのことを顧みないリーシアに。

いっそ冷淡なほどに無関心なリーシアに。


感情の揺れさえいつしか感じなくなった。

その感情を揺らしたくてひどい言葉をぶつけたりもした。

自分ばかりが恋うているのが悔しくて冷たい態度を取ったりもした。

それでもリーシアの関心がザイールに向くことはなかった。


憎かった。

自分を見ないリーシアが。

愛おしかった。

その瞳に心奪われたあの日のまま。


憎んで愛して憎んで愛して。

結局最後はそれでも愛おしいのだ。


「愛しているのなら何故優しい言葉をかけなかった? 微笑(わら)いかけてやらなかった? 贈り物一つ贈ったことはなかったのだろう? 優しい言葉一つ、笑顔一つ、一輪の花でもきっと彼女は喜んだだろう。愛している、ずっと傍にいてほしい、素直に告げればよかった。優しい記憶を重ねていけばよかった。そうしていたら、このようなことにはならなかっただろう」


どうしてそんなことを知っているのかと疑問に思う必要はない。

彼は森の賢者パーシファル・パーンだ。

妖精たちから話は聞いているのだろう。

妖精と交流できるリーシアなら、森で妖精たち相手に話していても不思議ではない。


そして、そんな簡単なこともしてこなかった自分が、リーシアに愛想を尽かされるのも当然のことだったのだろう。

得られるはずだった未来を退しりぞけたのはザイール自身の愚かさのせいだ。

リーシアの心を得る努力をしなかったのだ。

それではリーシアの心を手に入れることはできないのは当然だ。


妖精たちがリーシアに優しくし、優しく言葉をかけていたのなら、彼らに心を傾けるのも当然のことだろう。

村での居場所を見つけられなかったのだとしたら、余計妖精に心を傾けていたとしてもおかしくはない。

その誘いに応じることも。

二度と帰れないとわかっていてその誘いに応じたのだろう。

いや、帰るつもりがなかったのだろう。

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