森の隠者と妖精の愛し子7

目の前でリーシアの姿が消えたザイールはぎょっとして辺りを見回す。

どこにもリーシアの姿はない。

たった今まで目の前にいたというのに。


まさか、妖精にーー?


そういえば先程、まさに"いらえ"ていなかったか?

さあっと血の気が引く。


「リーシア! リーシア! 戻ってこい、リーシア!」


ザイールはリーシアの名を何度も何度も呼ぶ。


妖精の呼びかけに応じてはいけない。帰ってこられなくなるから。


幼い子供でも知っていることだ。

それだというのにーー。


「リーシア! リーシア!」


狂ったように名を呼ぶザイールの耳にガサッと草が鳴る音が届いた。

ぱっと喜色を浮かべてザイールはそちらに視線を向ける。


「リー……!」


だが森から出てきたのはリーシアではなかった。

黒いローブをまとった背の高い男ーー


「森の隠者、パーシファル・パーン……」


呆然と呟き、はっとして駆け寄る。

妖精に連れ去られたのなら、助けられるのは彼しかいなかった。


「森の隠者パーシファル・パーン! た、助けてくれ! リーシアを取り戻してくれ!」


だが返ってきたのは突き放すような言葉だった。


「何故私がそれをしなければならない? 彼女を蔑ろにしたのはお前だろう」


その声はどことなく冷え冷えとしている。


「大切なんだ! 失えない……、失いたくないんだ」


必死に言っても、返る声はやはり冷たい。


「大切? 今さら何を言っている? 彼女にとってお前は大切でもなんでもない」


その言葉はナイフのようにザイールの胸に刺さった。


「だからこそ妖精の手を取ったのだ」


ザイールは大きく目を見開く。


「それとも、自分は彼女にとって大切な者だと、そう思っていたのか?」


思って、いたわけではない。

ただ、そう思いたかった。

好かれていないことは知っていた。

だが、自分は許嫁だ。

生まれながらに勝手に決められただけのものだが、許嫁なのだ。


歩み寄ることはできるはずだ。

心を寄せ合うことはできるはずだ。

結婚して一緒に暮らしていけば、いつかは。


そんな思いも、パーシファル・パーンの声が引き裂く。


「ただそこにあって大切に愛されるのは無垢なるものだけだ」


淡々とパーシファル・パーンがザイールの思い上がりを暴いていく。

彼にそんなつもりはないのかもしれない。

ただ事実を言っているだけなのだろう。

だがザイールにとっては、見たくも知りたくもなかった事実を突きつけられた。

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