森の隠者と妖精の愛し子6

「喜べ、婚礼の日取りが決まった」


それを聞いた途端、絶望に心が沈んだ。

表情は取り繕えなかった。

ザイールの顔が歪む。


「お前がいくら嫌がっても、俺と一緒になることは生まれた時から決まってるんだ」


身体から熱が奪われていく。

心はとうに冷えきっている。


ああ、この先に光はない。


好きでもない、それどころかお互いに疎んじている男の隣にいる生活。

昼間は森に逃げ込めたとしても、夜には戻らなければならない。

そんな生活がずっと続く。

ずっと。

死ぬまで。


ああ、そんな生に一体何の意味があると言うのか。


ひたひたと絶望が心を染め上げていく。

完全に絶望に呑み込まれそうになった、その時ーー"声"が聞こえてきた。


『リー……愛しいリー……』


敢えて姿を見せない。

〈向こう〉からこちらに呼びかけている。

それは、〈向こう〉への誘いだった。


『リー……こちらにいらっしゃいな』

『リー……私たちと一緒に暮らしましょう』


妖精たちが、〈向こう〉から囁いてくる。


『お前なら大歓迎だ』

『こちらにはお前を悲しませる者はいない』


甘美な誘い。

その誘いに乗ってもいいかもしれない。


ーー妖精の誘いに乗ってはいけない。二度と帰って来れなくなるかもしれないから。


この村で子供たちがきつく言われていること。

ザイールを見る。

こちらを見る目はあざけりに満ちている。

昔からそうだ。

彼との記憶の中でリーシアの心が温かくなるものは一つもない。

ならば、いいではないか。

こんな男と一生添い遂げるならば、いっそのこと、二度と帰らないほうがいい。


『リー……いらっしゃいな』

『リー……私たちと一緒に暮らしましょう』

「そうね」


リーシアはぽつりと呟く。


「リーシア?」


ザイールが怪訝そうにこちらを見る。


「あなたと結婚するなんて死んでもごめんだわ」


ザイールに向かって吐き捨てる。

ザイールの顔が驚愕に染まる。

だが知ったことではない。


『いらっしゃいな、リー……』

「うん、そっちに行くわ」


さっと道がつながり、リーシアは伸ばされた手を躊躇いなく取った。

優しく引き込まれる。

そしてリーシアは、境界を渡った。



***

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