森の隠者と妖精の愛し子5

「あっ」


少し離れた場所に見知った姿を見つけた。

小さく声を上げてしまったからか、彼がリーシアを見た。


目が合う。


金色の虹彩の深い緑色の瞳がふわりと優しく緩む。

それは、わずかな変化だ。恐らく気づいたのはリーシアだけ。

それが何だか嬉しかった。


もちろん駆け寄りはしない。

リーシアが親しくしているパルフォン・パンパールではない。

今の彼は森の隠者パーシファル・パーンだ。

だから、失礼にならないように整った微笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀した。

彼からは小さな頷きが返る。


それでいい。

これが森の隠者パーシファル・パーンと村娘のリーシアとの適切な距離だ。


彼に気づいたのか、誰かが呼びに行ったのか、ザイールが彼に歩み寄るのが見えた。

リーシアはさっと身を翻して彼らに背を向ける。


だから、歩み去るリーシアの背中をどんな表情かおでザイールが見ていたかは知らない。




**




自室に戻ろうとしたリーシアは廊下で妹のトーニャに捕まった。


「お姉ちゃん、もう少しザイールさんに優しくしてあげてもいいんじゃない?」


そう言ったトーニャを無表情に見返す。


誰もがリーシアにザイールにもっと歩み寄れと言う。


だけど、無理だ。

そもそも最初に拒絶したのはザイールのほうだ。

ザイールだってリーシアに歩み寄る姿勢など見せない。

それなのにみんながザイールにではなくリーシアに歩み寄れと言うのだ。

今更ザイールが態度を変えても、彼を受け入れることはないけれど。

それでも理不尽だと感じてしまう。

結婚相手が不本意なのはお互い様なのに。

だから思う。


「あなたがザイールの結婚相手だったら、みんなが幸せだったでしょうね」


リーシアにとっても、村の人たちにとってもーーザイールにとっても。

トーニャが大きく目を見開く。


「いいえ、いいえ! それでは誰も幸せになれない!」


何故か激しく否定される。トーニャ自身がザイールのもとに嫁ぎたいのではないのだろうか?

ザイールに想いを寄せているように感じていたのだけれど。


「そうかしら? 少なくともザイールは嫌ってる相手と結婚せずに済んで喜ぶのではない?」

「そんなことはないわ! 絶対にそんなことない!」


また強く否定され、リーシアは困惑する。

ザイールがリーシアを疎んじているのは、みなが知ることのはずなのだけれど。

リーシアの困惑に気づき、トーニャの顔がくしゃりと歪む。


「お姉ちゃんはなんにもわかってない」

「わかってないって、何が?」

「ザイールさんはお姉ちゃんのこと……やっぱ何でもない」

「トーニャ?」

「何でもないっ! とにかくお姉ちゃんはもっとザイールさんに優しくしてあげて!」


言い捨てトーニャは足音荒く立ち去っていった。

それを首を傾げて見送ったリーシアは、その後ろ姿が見えなくなってからぽつりと呟いた。


「無理よ」


ザイールに歩み寄るなんて無理だ。

そんな時期はとうに過ぎた。

今更優しくすることも、歩み寄ることも不可能だ。


それほど心の距離は遠い。


リーシアとザイールの仲の改善はあり得ないのだ。

積み上げられた記憶の全てがザイールを拒絶する。


優しい記憶の一つでもあればまだ違ったのかもしれない。

だがそんな記憶はないのだ。

ただ一つとしてない。


あるのは侮蔑され見下された記憶だけ。

傷つけられた記憶だけだ。


リーシアにだって、感情も心もあるのだ。

村の誰もそのことに気づいてくれない。

この村のどこにもリーシアが心安らげる場所はない。

リーシアの居場所はないのだ。

暗澹たる心持ちで自室へと戻った。




**

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