森の隠者と妖精の愛し子4



この時一緒にいた妖精たちが、ここにいる間は別の名前を名乗って別人になればいい、と名前をつけてくれたのだ。響きだけはある程度残して。全く別の名前を名乗るのは、あまりよくないらしい。


だからここではリーシアはリーシャで、森の隠者パーシファル・パーンはパルフォン・パンパールなのだ。

次期村長のザイールの婚約者ではなく、森の隠者ではない。


なので彼がパルフォン・パンパールの間は敬語は禁止されてしまった。

さすがにそれはと抵抗したのだが却下され、頑張って敬語を外した。今ではすっかり慣れてしまい、自然に敬語なしで話せるようになってしまった。


さらりとパルフォン・パンパールがリーシアの頭を撫でる。

幼い頃からここでよく彼に頭を撫でてもらった。

落ち込んでいたり泣いていたりした時は慰めるように撫でてくれ、時には頑張ったなと撫でてくれ、喜んでいる時はよかったなと撫でてくれた。

その頃の癖がなくならないのだろう。

今は気恥ずかしくも感じるが、彼の手に触れられるのは嫌ではないので、ただ黙って撫でられている。


「あの男の言うことは気にしなくていい」


傷ついたと思ってくれたのだろう。

優しい言葉をかけてくれる彼に明るい笑みを浮かべてみせた。


「今更あの男の言葉に傷つくことはないわ」


もうザイールの言葉で心が動くことなどありはしないのだから。


「それよりフォンはしばらくここにいられるの?」

「そうだな。何か問題が起きなければ」


森の隠者パーシファル・パーンは人間と妖精の調停をしている。

いくらここではパルフォン・パンパールとして過ごしていても、何か問題が起こればその調停に行かなければならない。


「じゃあ、問題が起こらないことを祈るわ。お昼を持ってきたから後で一緒に食べましょう?」

「俺の分もあるのか?」

「ええ、もちろん。フォンが食べてくれないと困っちゃうわ」

「それは楽しみだ。ありがとう、リーシャ」

「どういたしまして?」


リーシアの言い方に声を上げて笑い、彼はごろんと横になった。

リーシアは籠から手織りの枠とを取り出す。

気ままに過ごす彼と妖精たちの横でリーシアは織物をする、これがいつもの光景だ。


にぎやかに、時にはおしゃべりを楽しんで。


そうやって織られた布は村で織るよりも心を緩められるからか、妖精たちの祝福がたっぷりと込められるのか、質が良いものになる。

だから、森で織ることに反対できるはずもない。

反対したとしても森の奥に入ってしまえば追ってもこられない。

ここは辛うじて妖精の領域には入っていないが、妖精の領域にかなり近い。


妖精たちは世界中どこにでもいるが、妖精の領域に入ってしまえば人間は二度と帰ってこないと言われる。

妖精たちは気紛れだ。

人間の領域にいる時は、ある程度は人に合わせてくれるが、妖精の領域に立ち入った者に対しては配慮などというものはなかった。


好意を持っている者ならそのまま出してやることもあるが、そうでなければ気分一つで森の中を延々とさ迷わせたり、全く未知の土地に放り出したり、池に落としたりとやりたい放題となる。

命の保証はない。


その妖精の領域に立ち入ることが許され、妖精と人間の間に立ち、調整する役目を持つのが、森の隠者と呼ばれるパーシファル・パーンなのだ。


妖精たちと交流を持っているリーシアも妖精の領域に入ったことはない。

実は誘われたことは何度もある。


『リー……ならちゃんと帰してあげるわよ』


そう言ってくれるが、誘いには乗らない。

妖精たちの言葉を信じていないわけではない。

悪戯はされても怪我することなく帰してくれることはわかっている。

リーシアが帰りたいと望めば。

帰れるかを心配していない。


むしろ逆だ。が心配だった。


リーシアにはちっとも優しくない村だけれど、そこでの暮らししか知らないリーシアは、やはりあの村を出ることは怖いのだ。

だから今日も村から逃げてきつつも、妖精の領域に近い花畑で、妖精たちとお喋りをしつつ仕事をして、傍らで微睡む彼の寝息にそっと耳を傾けるのだ。

それこそが、今のリーシアの唯一の幸せだった。



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