森の隠者と妖精の愛し子3

「リーシャ、どうした?」


妖精ではない、男性の人の声が聞こえ、はっとしてそちらに視線を向ける。


「フォン!」


ぱっと満面に笑みが浮かぶ。

見た目は二十代半ばほどに見えるが、その静かで落ち着いた佇まいは何百年も生きた大樹を思わせる。

彼は初めて会った幼い頃より何も変わらない。

その見た目も佇まいも、穏やかな眼差しも耳に心地よい声もーー優しい笑顔も。


森の隠者パーシファル・パーン。


程度の差はあれ誰もが崇敬の念を抱く。

それは妖精たちも例外ではなかった。

彼への接し方はいつも丁寧だ。リーシアへする悪戯も彼にしているところは見たこともない。


彼の身に纏う色は森の叡智そのものの色。

濃い焦げ茶色の髪は歳を重ねた樹の色で、森のような深い緑色の瞳の中の金色の虹彩は、まるで木漏れ日のようだ。

見ているだけで自然とこうべを垂れたくなる。


だけど、ここにいる彼はパルフォン・パールだ。

リーシアも彼の前ではリーシャだ。

それはずっと昔に決めたこと。

ここにいる間はただの一人の人間でいられるように。

名前は妖精たちがつけてくれた。


村ではザイールの許嫁ということがどこまでもついてくる。何の価値もない肩書きではあるが。

同じように彼もどこにいてもついて回る"森の賢者"の称号から解放されたい時もあるのかもしれない。


「大したことじゃないわ。またザイールに絡まれただけ」

「……あの男はいくつになっても変成長しないな」


溜め息をつくように彼が言う。

彼は森の賢者として時折リーシアたちの村に立ち寄ることがあり、リーシアに対するザイールの言動を直接見ているし、昔からリーシアがよく森で泣いて愚痴ってもいた。

そもそも別の名前で呼び合うようになったきっかけもザイールに意地悪な言葉を投げつけられ、森に来てうずくまっていたリーシアに彼が声をかけてくれたからだ。




「好きなだけ吐き出したらいい。ここには私と妖精たちしかいない。みんな君の味方だ」


と言ってくれたのだが、森の賢者は敬うべき者だということは幼いリーシアでも知っていた。


「もりのけんじゃさまのまえでそんなことはできません」


リーシアは心揺らされながらもそう言ったのだが、


「そうか……なら、これでどうだろう。俺は今はただの男だ。森の賢者ではなく、その辺にいるただの男だ。君の村にも関わりはないし、ザイールとかいう小僧が誰かも知らない。だからここで聞いたことは誰にも言わない。君が誰かも君を悲しませる小僧のこともそもそも知らないのだからな。誰にも伝えようがない。どうだ?」


そう言ってくれた言葉に思わず、


「わたしも、リーシアじゃないだれかになりたい……」


と言ってしまった。

彼は優しく微笑(わら)って、


「ならそれでいいじゃないか。ここにいる君はリーシアではなくただの少女で、俺はただ通りすがりでここで休んでいるだけの男だ。愚痴でも恨みでも吐き出すにはもってこいの相手だと思うぞ」


それでもうリーシアの意地も決壊してしまった。

あとはもう愚痴って弱音を漏らし、最後には泣きに泣いた。

彼はそんなリーシアをずっと優しく抱き締めて頭を撫でてくれていた。



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