第35話
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朱音は冬真に言われたとおりセミナーが始まったのを見計らって一階に降りようとしたら、制服姿の高校生らしき女子が一人、朱音に声をかけてきた。
「あのぉ、もう入れないですか?」
既に今回のセミナーは申込者全員が参加していて、声をかけてきたのは遅れてきた学生では無いことを朱音はわかっていた。
ブレスレットを確認したいがこの女子生徒は長袖の紺のカーディガンをしていてわからない。
「セミナーはあっという間に一杯になってしまって」
朱音の返答に生徒はわかりやすいほどがっかりした顔をしたが、
「インカローズのブレスレットは今されてますか?」
「はい」
朱音の問いかけに生徒は思い出したように袖口をめくり朱音に見せた。
「実はミニ占いだけ少しだけ空きがあるんですが申し込まれますか?
セミナー参加者さんが優先なのでその後の順番になりますが」
と朱音が言うと、ぱあぁっと学生の顔が明るくなる。
「待ってます!お願いします!」
「ではセミナーが30分くらいで終わるので、レクチャールームのドアが開いたら占いの受付をしますからその頃にまた戻ってきてくれますか?」
「はい!わかりました!実はあの綺麗なお兄様に会いたかったんです!
インカローズのブレスレットしてきて良かった~」
心底嬉しそうにして学生はお辞儀をすると階段を降りてこの洋館を出て行った。
考えてみれば朱音があの洋館に住むずっと前から冬真は住んでいて、この地域を歩くこともあるだろうし、そこで女子学生達が話題にしない訳がない。
女子学生達が冬真を見てきゃぁきゃぁ騒いでいる姿が目に浮かぶようで、きっと今日も恋を叶えたい相手が冬真の可能性だってあることに朱音は気がつき、何故か胸の奥がきゅっとする。
朱音は頭を振って気持ちを切り替えると、玄関で靴に履き替え道路を見れば冬真が予想したように女子学生達が何組かいる。
さすがに制服では無い大学生は一瞬観光客か見分けがつかないかと思ったが、話す内容で今回のセミナーに参加できなかった人達だと判別がつく。
朱音は女子学生達から視線を浴びていることをひしひしと感じながら、
「インカローズのセミナー受付は終了しましたが、ミニ占いだけ10名ほど新規受付けが出来ることになりました。
インカローズのブレスレットを今している女子学生さんでご希望の方がいらしたらお声かけ下さい」
と緊張しながらも笑顔で声をかけた。
すぐに10名埋まり、数名はインカローズのブレスレットをしていないということで断り、朱音はその報告をしようと山手234番館に入ろうとした。
「ほら!もたもたしたから!」
「でも、私達インカローズのブレスレット持ってないし」
「あのお兄様に会いたかったんでしょ?!」
「そうだけど・・・・・・」
背後からきゃいきゃいする声としょんぼりとした声が聞こえ朱音が振り返ると、歩道にショートボブの女子高生と、三つ編みの女子高生がいた。
制服からして例の女子学校のうちの一つだ。
その女子高生二人と朱音の目が合うと、気のせいか三つ編みの女子高生の目がキラキラとして朱音に近寄ってきた。
「お姉さん、もしかしてインカローズセミナーの人ですか?!」
「あっ、はい」
「占いの空きがあるって情報聞いて来たんです!」
凄く迫ってくるが、さっきインカローズのブレスレットをしてないというのを朱音はしっかり聞こえていた。
「すみません、もう占いの人数埋まってしまって」
これは本当のことであり、申し訳なさそうに三つ編みの子に朱音が言うと、
「キャンセル待ち出来ませんか?!」
「ごめんなさい、そういうのはしていなくて」
「もういいよ、やっぱりインカローズのブレスレットをしてないと無理なんだよ」
朱音の答えに再度食いつこうとした三つ編みの絵里の制服を、ショートボブの真央が引っ張って止めた。
絵里は振り返り、むっとした表情を友人に向ける。
「インカローズとかに頼ってないで、手紙書いてあの人の出待ちするくらいの勇気は無いの?」
「そういう勇気無いからインカローズのブレスレットが欲しいんじゃない・・・・・・」
しゅんとした顔で真央が言えば、絵里はその様子にイラッとしていた。
学校前でセミナーの絵里と真央はちらしをもらい、真央は参加するためにインカローズのブレスレットを買おうとしたが、どうせならあの噂のインカローズが欲しいと情報を待っていたが買うことが出来ず真央は既に諦めていた時、占いだけ追加で出来るらしいという情報を絵里が知って、ダメ元で行こうと急いで来てみたがやはり既に打ちきりだった。
でも絵里が必死になっているのは親友の真央の為なのに、その本人が後ろ向きならさすがにイライラする。
せっかく声をかけたセミナーの女性には断られたし、絵里はため息をついて真央に帰ろうと声を出そうとしたら絵里と真央が手に持っていたスマートフォンが同時に震え、二人は慌てるように画面を開く。
朱音はどうしていいのかわからず、食い入るようにスマートフォンの画面をスクロールしながら見ていた女子高生二人を見ていたら、その二人は顔を見合わせた後、同時に朱音を見て朱音はびくっとした。
「お姉さん、何歳ですか?!」
「・・・・・・24歳ですけど」
「凄い!ギリオッケーじゃない!」
絵里の質問にびくびくと答えると絵里はガッツポーズをして朱音は怯えながらもさっぱり質問の意図がわからない。
「お姉さん、あの綺麗なお兄様の彼女じゃ無いですよね?」
「も、もちろんです」
既に違うことが前提で絵里に聞かれて、何故か傷つきながらも朱音自身も当然だと思いまた傷ついた。
「でもあのお兄様は好きでしょう?」
ニヤッと絵里が朱音の顔を伺うように小声で聞いてきて、朱音は言葉に詰まった。
「少しでも距離を縮めたくないですか?
せめてあのお兄様が無理でも素敵な恋愛したいでしょ?
お姉さん彼氏いないんだし!」
何も言っていないのに朱音に彼がいないことが確定されていて、あげくここは歩道なので人が時々何事かと通りながら視線を向ける。
朱音は絵里が爪楊枝で自分のハートをぷすぷす刺している気がして、何故こんな拷問に見知らぬ女子高生から遭っているのかわからない。
「だから一緒にインカローズのブレスレット、買いに行きましょう!」
もうその場に倒れようかな、と思っていた朱音は、その絵里の言葉で我に返った。
「この周辺の女子達に特別なインカローズのブレスレットが流行ってて、それが滅多に買えないんですけど、今連絡が来たんです。
20歳から25歳までの彼氏のいない女性を連れてきたら、インカローズのブレスレットを確実に売ってくれてその上半額にするって!
もちろんお姉さんも半額になるみたいだし、こんなの初めてだから絶対行った方が良いですよ!
場所も中華街に近いみたいで、受付まで45分くらいしか無いから私達を助けると思って付き合って下さい!」
絵里は興奮した顔と声で朱音に詰め寄ったと思ったら、少し後ろでぽかんとしていた真央に、ほら、真央もお願いしなよ!と絵里にせっつかれ、二人で同時に朱音に頭を下げた。
朱音は唐突な流れに面食らい、戸惑ったように必死な顔の女子高生達を見ていた。
「お姉さん!買わなくても良いの!
連れてくるだけでも良いって書いてるからお願いです、助けると思って一緒に来て!」
絵里は必死だった。
これはきっと運命だ。
私が頑張ってこの人を連れて行けばずっと真央の欲しがっていたインカローズのブレスレットを確実に売ってくれる、それも半額で。
なんとしてでも連れて行かなければと義務感に駆られていた。
朱音はそんな絵里達を前に、もしかしたら冬真の言っていた例のインカローズのブレスレットの可能性があると思えた。
こんなチャンスを逃すわけには行かない。
時計を見ればまだセミナーが終わるまで10分ほどある。
朱音はきゅっと右手を握り、必死の顔で自分を見つめる女子高生二人を見た。
「わかりました。コートと鞄を取ってくるからここで待ってて下さい」
その返事に、絵里と真央は一気に嬉しそうな顔をした。
「すぐ戻ってきて下さいね!」
絵里に急かされ、朱音は急いで洋館に入り二階に上がれば冬真の話す声がレクチャールームのドア越しに聞こえる。
荷物を置いている会議室に行けば、アレクはいない。
ランチの荷物を一旦持ち帰ったのだろうと思い、朱音はスマートフォンを取り出し冬真に簡単に事情を打ってLINEを送り、鞄とコートを取って急いで部屋を後にした。
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