第34話



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講演15分前にレクチャールームを開き、女子中学生、高校生、大学生がわいわいと受付に並んでいる。


朱音は笑顔で既に申し込みをうけた女子学生達の名前と、参加条件にしているインカローズのブレスレットを確認する。


朱音にはそれが問題のものかはわからないが。


5分前には席はほとんど埋まり、ドアから冬真が入ってくるとおしゃべりに花を咲かせていた女子学生達は一瞬冬真を見て黙った後、一気に騒ぎ出した。


カジュアル目のグレー地にチェックのシングルブレストのスーツ、白のシャツに濃い紺のネクタイ、ジャケットの胸元には淡いピンクのポケットチーフがふんわりした形で折られている。


優しく笑みを浮かべ参加者に軽く冬真が会釈すれば、ダークブラウンの髪がさらっと流れて女子学生達から同時にため息が出た。


受付をしている女子学生達も動きを止め頬を赤らめてみている。


冬真がゆっくり席に座る学生達の横を通り前に進んでいると、学生達が、来て良かった、こんな素敵な男性見たこと無い、アニメの王子様が三次元で現れた、と小声で話している。


朱音にもそんな声が聞こえその反応も無理が無いと思いつつ、王子様、という言葉に一瞬動きを止めた。


思わず前の台で俯きがちに準備をしている冬真を見る。


そうだ、こんなにも王子様にしか見えない人がすぐ側にいるのに。


だからきっとロンドンでの王子様と重ねてしまうのは無理が無いのだと、朱音は言い聞かせながら心のどこかであれが冬真さんだったなら、という気持ちが沸いてしまう。


でもそれを知ってどうするのだろう。


余計に苦しくなるだけなのに。



「あの」



目の前で早くして欲しそうにしている学生に声をかけられ、名前を確認中だった朱音は現実に引き戻され慌てるように名簿に○をつけた。



スタート時間には25名全員が揃い、冬真のセミナーが始まった。



「初めまして。吉野冬真です。


今日は土曜日のこのような時間から集まって下さりありがとうございます。


きっと皆さんは恋の石、インカローズを身につけ、素敵な恋をしたいと思っていると思います。


でもせっかくそのインカローズを選んだのです、そのインカローズも自分を知ってもらえば、石ももっと皆さんに答えてくれるかもしれません。


そんな石のお話し、そしてその後はミニ占星術もあります、お楽しみに」



ふわりと笑いかければ、学生達はじっと冬真を見たままこくこくと頷いている。


朱音はそんな学生達を見て、今頭の中は好きな人じゃ無くて冬真で一杯なのでは、と苦笑いし、静かにレクチャールームを離れた。



冬真はそれを見て話を始めた。



「皆さんは『ロードクロサイト』という石をご存じですか?」



冬真の質問に、生徒達は顔を見合わせたり首を振ったりしている。



「それが皆さんの大切にしているインカローズの事です」



学生達が一応に驚いた表情になった。



「順番に話しましょう。少し難しいと思うことや、勉強のようだと思うこともあるかもしれません。


でも好きな人を知るには少しくらい苦労があるほうが楽しいものです。


ちょっと物知りになれる、と思って軽い気持ちで聞いて下さいね」



冬真が優しく言うと、学生達がホッとしたような顔をしたり、軽い笑い声が上がった。



「まず『鉱物名』というものがあります。


地球上には約5000種の鉱物が存在しますが、その中で宝石と呼べるものはほんのごくわずかです。


『ベリル』というのも鉱物名ですが、それで何の宝石が思いつきますか?


エメラルドとアクアマリンが代表される鉱物です。


そうやって大きなくくりが『鉱物名』になります。


鉱物名、ロードクロサイトが正しい名称なのですが、インカローズという名前の方が有名になってしまい、一般の人ではロードクロサイトと言われても何の石かわからないでしょう」



冬真は後ろに置いたホワイトボードにさっき書いたロードクロサイトという文字の横に線を引きインカローズと綺麗な字で書く。



「ロードクロサイトは立派な宝石です。


木イチゴのような赤、ピンクが美しいのですが非常にもろく、ジュエリーとして扱うには本来不向きなものです。


皆さんもブレスレットにしていますが、割れたから不吉なんてことはありません。


もともともろい石ですので、クラック、いわゆるヒビが入っていたり、机などにぶつけてしまえばそのうち割れるのは当然です。


なので気にしなくても大丈夫ですよ」



ロードクロサイトはモース硬度3半~4半とされている。


モース硬度とは『あるもので引っかいた時の傷のつきにくさ』を10の基準宝石を使って相対的に判定している。


硬度10はダイヤモンド、人間の爪は硬度2半くらいとされ、宝石として身につけるのなら硬度7以上が出来れば良いとされていて、硬度7の標準鉱物は水晶である。



「そして今日の題名でもあるインカローズですが、実はロードクロサイトをインカローズと呼ぶのでは無く、ロードクロサイトの一部が本来インカローズなのですがお店では混同して使っているようです。


皆さんに二種類の石をお見せします。どうぞ見終わったらお隣に回して下さいね」



そういうと冬真はベルベットのトレイを一つを前列に、もう一つを後列の学生に渡した。


そのトレイの上には、小さな白いプラスチックケースが二個あり、中に綿に囲まれた丸い石が入っていて、学生達が見ながら話しつつ自分のブレスレットと比べている。


全員が見たのを確認し、冬真が二つのトレイを回収し、白いケースを学生達に見えるように持ち上げた。



「この淡いピンクの中に白い縞模様があるほうがインカローズです」



それを見た学生達は驚いたり友人と話している。



「この石はアルゼンチンのもっとも古い鉱山から産出されたことで、インカ帝国とからめてインカの薔薇、インカローズと呼ばれるようになりました。


そしてロードクロサイトの中でも宝石として扱われるのはほんのわずかなのですが、パワーストーンの最高級インカローズとして売られているのが、もう一つのこちらの石です」



もう一つのケースを持ち上げた中に入っているのは、透明な木イチゴのような赤、まるで食べられそうなほど甘そうな赤の石だ。



「こちらもアルゼンチン産ですが、このような品質のものは少なく、粒が大きければかなりの値段がします。


皆さんもパワーストーンを扱うお店で沢山石が置かれている場所では無く、ガラスケースの中に置かれているインカローズを見たことがあると思います。


それが大抵はアルゼンチン産の高級なロードクロサイト、インカローズです」



学生達がそれを聞き、自分のブレスレットの値段がいくらだったかを思い出していた。



「そうるすると、値段の高い、この美しい赤のインカローズの方が恋が叶いやすいと思いますよね?」



学生達の、どうしよう、という困ったような顔をする子もいれば、勝ち誇ったような顔をしている子もいる。



「どちらもかわりません」



にっこりと冬真が言えば、学生達がきょとんとした後戸惑っている。


恋が叶って欲しいからこそ高いブレスレットを買った学生はショックもあるだろう。



「ここからは鉱物、宝石のお話しでは無く、パワーストーンとしてのお話しです。


パワーストーンというのは日本だけで作った、ようは和製英語なのですが、海外でももちろん石になんらかの力が宿り効果があるというのは普通のこととして受け入れられ、それこそ歴史は日本を含めとても古いものです。


中国でも金の針が入ったように見える、ルチルクォーツのブレスレットをしている人も多いですよね。


僕はイギリスと日本のハーフですが、イギリスでも宝石自体に効果があるとして身につける人は多くいます」



イギリスと日本のハーフ、という冬真のパワーワードに、学生達はきゃぁきゃぁ騒いでいる。


おそらく外国人で日本語の堪能な綺麗な男性、と思っていた女子学生達からすれば、最高のエッセンスかもしれない。



「石には言ってみれば得意分野があり、インカローズは恋、愛の石とされ、それはあの木イチゴのような赤でも、縞模様があるものもかわりません。


縞模様が入っている方が好きという人だっています。


ローズクォーツも恋の石と言われ、やはり愛や恋をイメージするピンクの石が皆さんの思いの後押しになるでしょう。


叶うかどうかは石の品質、価格では無く日頃の石への向き合い方で、特に日頃の浄化は大切です。


浄化方法は色々ありますがただでさえインカローズはもろいので、扱いに注意する必要があります。


一番オーソドックスな方法は月光に当てることです。


あとは水晶やアメジストのさざれ石の上に置いておくのも良いでしょう。


皆さんのために必死に頑張っている石をきちんと休憩させてあげれば、石も大切に扱う人にはその持ち主のために頑張ろうと思うものです。


そうやって石と良い関係を築いて、恋の後押しをしてもらって下さい。


石はあくまで皆さんの頑張り以外の部分をサポートするもの。


きちんと行動をしていなければ後押しのしようが無いのを忘れないで下さい。


そうやって石と上手に付き合って頂ければと思います」



笑みを浮かべ学生達をゆっくりと見渡せば、じっと皆聞き入っていたのか我に返ったように学生達は照れている。



「さて、インカローズのお話しはここまでにして、少し休憩してお待ちかねの恋占いにしましょう。


紙を配りますので、自分の生年月日、お相手の生年月日がわかる方はそちらも記入して下さいね」



学生達が拍手をし、冬真はお辞儀をすると一番前の学生から紙を一人一人に配り出す。



『朱音さんは大丈夫でしょうか』



学生達に声をかけながら、一度もレクチャールームには戻らなかった朱音の事が冬真は気がかりだった。




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