第33話



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9月中旬の土曜日、『山手234番館』前には開始の30分前だというのに女子学生達が集まっていた。


横浜山手洋館地域にある洋館の一つ『山手234番館』は、山手聖公会やエリスマン邸の斜め前にある。


関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業の一つとして、1927年頃外国人向けの共同住宅として建築された。


当時は4つの同一形式の住戸が、中央部分の玄関ポーチを挟んで向かい合い、上下に重なる構成をもっていた。


昭和50年代頃まで外国人や日本人などの住むアパートメントとして使用されていたが、1989年に横浜市が歴史的景観の保全を目的に取得、保全改修の後、1999年から一般公開し、二階は貸し出しスペース、一階は歴史パネルや改修前のほんのわずかだけ残った床板を使ってある居間などをみることが出来る。



冬真は『山手234番館』二階のレクチャールームと会議室を一日押さえてあり、セミナーは35名入れるレクチャールーム、そして占いは同じ二階にある小さな会議室で行うことになっていた。



「朱音さんはここは初めてですよね」



『山手234番館』の前で紺色のジャケットとふんわりした紺色のスカート姿の朱音が頷くと、冬真が中へ促す。


外観は左右対称の作り、オレンジ色の壁に白の窓枠のその周囲を濃い緑で縁取っていてなんともお洒落だ。


建物一階の真ん中に入り口があり持ってきていたビニール袋に靴を入れると、アレクがそれを受け取り洋館から持ってきたスリッパを冬真と朱音の前に出してそれに履き替え中に入れば、正面には階段、左右に部屋があり、左は展示用の部屋、右はちょっとしたお土産コーナーや近辺のお知らせのチラシなどが置いてある。



「この階段は保全改修の時作られたんです。


本来4つの住戸ですから、今入ってきたところに4つドアが並んでいたんですよ」



階段を上ろうとした冬真が振り返り朱音に言えば、朱音は振り向いて玄関を見た。



「この頃増えてますよね、二階建てアパートなのに一階に二階の人のドアがあって階段上がって二階に行くのって。


そんな感じですか?」



「えぇ、まさにその通りです。


かなり急な階段だったので、一般公開するのにはそれを無くしてこのように広くて緩やかな階段にした方が良いと言うことで改修したんです」



「なるほど。


でもここってどんな人達が住んでいたんでしょう、お金持ちしか住めなさそうですが」



お洒落な洋館の3LDKに住めていたのはどんな人達なのだろうと朱音は不思議に思う。



「ここは民間業者が扱っていたので、ごく普通の人でも住んでいたんですよ、外国人日本人問わず。


ただ当時にしては家賃が高かったそうですから、その支払いが出来る人しか住めなかったという点ではごく普通、と言って良いかはわかりませんが」



冬真は笑って二階の上がって左側にあるレクチャールームのドアをあけた。


その後朱音はアレクとレクチャールームの椅子を並べたり、冬真は会議室で準備をしていた。



「では今日の確認を」



二階にある小さな会議室では、長机の一つは冬真の占い場所としてセッティングしてあるが、端に置いた机にアレクがお昼用に持ってきた手作りサンドイッチと紅茶を用意し始め、朱音は冬真の言葉を待っていた。



「朱音さんにはまずは出席者の確認後、席は入ってきた人から順に前に座らせて下さい。


僕はレクチャールームにセミナーの始まる少し前に入ります。


セミナーが始まったら、外を、特に洋館前の歩道を覗いてきて下さい」



てっきり後ろで学生達の様子をうかがうのかと思っていた朱音は不思議そうにする。



「おそらく今日参加できなかった学生達がいる可能性があります。


状況によって、占いだけ受けられると誘ってみて下さい。


10名くらいなら大丈夫です。


元々かなり簡易な占いしかしませんし、彼女たちのしているインカローズをより側で確認するのが目的ですから」



「インカローズをしている女子生徒をより沢山冬真さんが見られるようにすれば良いんですね。


そして情報収集。了解です」



朱音はサンドイッチを急ぎながら頬張って、確認しながら頷いた。


そんな朱音を見てクスッと冬真が笑ったので、自分がはしたなく食べていることを笑われたのかと思い、朱音は思ったより自分が最初の頃より冬真の前で気にせず食べて気を抜いていることに凹む。



「あぁ、すみません、朱音さんがあまりに力が入っている姿を見て何故か笑ってしまいました。


こんなにこの仕事を楽しく感じることはあまり無いので」



優しく微笑みかけられて朱音は一瞬息が止まった。


目の前で微笑みながら背後に薔薇の花びらをまき散らしている美しい人がいるので仕方が無い。


だが、すぐ冬真の言葉を思い出し異世界に飛ばされかけていた気持ちが引き戻る。



「あの、冬真さんはその、本業って楽しくないんですか?」



魔術師という仕事を冬真は自分で選んだと以前話していたのを聞いて、冬真にとってこの仕事は楽しいのかと単純に朱音は思っていた。


戸惑ったように聞いた朱音に、



「朱音さんは今の会社、楽しいですか?」



と逆に聞かれて朱音は驚いて少し考える。



「楽しい、とかじゃなく、生活しないといけないので。


自分の学歴や能力からすれば悪くない会社だと思いますし」



「少し違うかもしれませんがそういうことです」



朱音は自分があまりに社会人らしくない質問をしてしまったことを恥ながらも、静かな表情の冬真を見る。


自分が仕方なく仕事していることと、冬真がする魔術師の仕事は違うようにどこかで思っていた。



「僕の本業はとても歴史あるものです。


母の家がそういう血筋で、僕はそんな母から産まれた。


幼いときからそういう才能に恵まれていましたが、だからといって誰でもその仕事を継ぐわけでは無い。


僕はその歴史をハーフであっても、いや、だからこそ残したかったんです。


楽しい、というよりはそうしなければいけないと勝手に思っているのかもしれませんね」



困ったように冬真は笑う。



「でも、今回少し楽しく感じたのは本当、ですか?」



朱音は緊張しながら問いかける。



「えぇ」



「なら、今後も出来るだけお手伝いさせて下さい!」



椅子から立ち上がり冬真の方に前のめりになってそう言った朱音を、冬真は驚いて見上げる。



「あ、役に立てるかはわかりませんが・・・・・・」



思わずそんなことを言ってしまったが、平凡な自分が役に立てるかは自信が無い。


というか、さっきの冬真の言葉も本音だったのだろうか、単に緊張している自分への気遣いかもしれないのを真に受けてしまったかもしれないと朱音は思って焦ってくる。


健人から以前言われた、魔術師は本音を話さないというのを忘れていた。


朱音は少しでも力になれるなら、楽しく感じてくれるならとただ純粋に思ってつい言ってしまった。


急に恥ずかしそうな表情をして椅子にすとんと座った朱音に冬真は目を細め微笑んだ。



「ありがとうございます」



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