第32話
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「恋のパワーストーンのお話しと占いもあります。
女子学生限定なので、申し込んで下さいね~」
朱音は9月少し経った平日の夕方、ちらしをとある名門女子校の近くで配っていた。
学校には既に許可を得ていて、こういうちらしはあまり受け取らないだろうと自分の経験から朱音は思っていたが、恋のパワーストーンという言葉は女子学生にはそれこそ魅力的な言葉なのか、ほとんどの学生が受け取ってわいわい話している。
そのちらしには、
『「恋のパワーストーン、インカローズ」
インカローズの話題を中心に、セミナー後、参加者限定で占星術占いあり
場所:山手234番館 レクチャールーム(占いは会議室)
時間:14:30より
参加費無料
参加資格:中、高、大学生の女子学生のみで、当日インカローズのブレスレットをしていること
定員:25名
参加申し込みは以下のメールでお申し込み下さい』
と書いてある。
講演者はもちろん冬真の名前、肩書きは宝石業・占星術師となっている。
横には冬真っぽい素敵な男性がピンクの宝石を手の上に浮かばせているイラスト。
これは健人によるもので、朱音はこのちらしがすりあがったとき無言で見つめていたら健人が笑って一枚朱音に渡し、朱音の大切なコレクションが増えた。
ちらしを配り終え朱音が洋館に戻ると、冬真が申し訳なそうに出迎えた。
「せっかくのお休みにすみません、疲れたでしょう?」
「いえいえ大丈夫です。
それにどうせ有給使っても部屋でだらだらしてましたから」
そう言いながら、冬真に促されリビングに行く。
こんなことをすることになったのは数週間前の事だった。
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「魔術師秘書として、朱音さんにお願いしたいことがあります」
8月も終わりそうな日曜日、冬真から時間がとれないかと言われ、朝食後リビングで冬真と朱音が向かい合う。
「何か私に出来ることなら」
朱音はやっと冬真の魔術師としての活躍が側で見られるとわくわくしてしまうのを悟られないよう冷静に答えたが、表情から冬真にはしっかり朱音の本音がわかって内心苦笑いを浮かべる。
「この近くには有名女子学校が二校あるのですが、そちらから私達の団体に相談がありました」
朱音は女子学校と魔術師の団体が普通に話していることに驚いてしまう。
「ここに住んでいる人の中にはイギリスと関わる人も多く、それなりの立場の方々は大抵、魔術師の団体とコネクションがあるんです。
日本なら不可思議なことがあれば神社仏閣へ相談となるのでしょうが、この地域だと私達の所属する団体の窓口に相談して、その一部は僕が担当しています」
魔術結社と言えば朱音が心配しそうなのを見越し、冬真はあえて団体という言葉にし、朱音はその説明だけで納得しているようだった。
「ここで、先に朱音さんに確認を取らせて頂きたいのです」
話しが続くと思っていた朱音は急にそんなことを言われ戸惑った。
「どうしても今回は女性に手伝って頂きたくお願いをしていますが、平日休んで頂くことも一日はあると思いますし、あくまで僕が動けないときのサポートをお願いしたいのです。
最初の時のような危険な目には遭わせません。
もちろんそれだけ拘束しますし魔術師秘書という立場で動いて頂く以上、それなりの謝礼をお支払いします。
なので、詳しい話しをする前に勝手なのですが引き受けて頂けるか確認させて下さい。
もちろん受けて頂いても途中で嫌になれば辞めて頂いて構いません」
詳しい話しをしてしまえば朱音をその時点で巻き込むことになる。
冬真としては朱音の最終的な意思を確認してから話を進めたかった。
「私でもお役に立てるんですよね?」
「朱音さんだからこそお願いしています」
「喜んでお引き受けします」
迷うこと無く真っ直ぐに冬真を見てきっぱりと答えた朱音に、冬真は何故か心の中に戸惑いが浮かぶ。
自分から朱音を魔術師秘書などというものにさせ、危ない目には遭わせないと言いつつも危険が排除できないことを正式に頼んで、彼女は自分の仕事の役に立つ、是非使いたいと思う冷静な自分の中に、何の疑いもせずに純粋に役に立ちたいと答える朱音を見て断ってくれたならという感情が芽生えた事を、冬真は目を瞑って打ち消した。
「ありがとうございます」
にこりと笑みを浮かべそう言った冬真に、朱音は嬉しそうな表情を浮かべる。
「先ほどお話しした学校から、夏休みに体調を崩し入院した生徒が数名、問題行動を起こし警察から連絡のあった生徒が数名出ました。
夏休みは開放的になりがちですし、大人数の学校なら羽目を外すような事が少しくらい起きてもおかしくはないかもしれません。
でも生徒達は皆、品行方正で今まで何の問題も無い生徒ばかりで、段々学校側も違和感を感じていたようです。
そして行方不明の生徒がどちらの学園でも出てしまい、なかなか警察では取り合ってくれないと私達の団体に相談が来たのです。
そして調べていて一つ共通点がありそうだとわかりました」
朱音は思ったより深刻な話しに、表情を引き締める。
「女子学生が皆、パワーストーンのブレスレットを購入しているのです」
思わず朱音は首をかしげた。
てっきり恐ろしい魔術で人が消えている、くらいを思っていたので肩透かしにあった気分だ。
だいたい大人だって好きなパワーストーンを、年頃の女の子ならそれなりに持っていて不思議は無い。
そんな朱音の疑問を冬真はわかっていた。
「確かに日本でパワーストーンというのは老若男女関係なく普通に浸透しています。
ですが今回の共通点はとあるインカローズのブレスレットで、恋が叶うという評判の元、学生達だけの情報網で購入したものなんです。
どうやら登録している学生にだけ不定期に情報を流してそのブレスレットを限定で売るらしく、それもその場に行かないと購入できないそうなのですが、買った学生達の多くが片思いが叶った、という噂が瞬く間に広がってかなりの生徒が購入しているようです。
中にはそれに便乗してまがい物を売っていたり、そこで買えなくても身につけたいとインカローズのブレスレット自体が学生達で流行ってしまい、どれがその問題のものか判別しにくい状態になっています」
目の前のローテーブルに置かれた白磁に小花柄のティーカップを持つと、口に運べば水分で冬真の唇が濡れ不思議な妖艶さを醸し出している。
今ここで話しているのは宝石を一般人に売る冬真では無く、魔術師としての冬真だと言うことを感じさせた。
「そこで女子生徒達から情報を聞き出すために、インカローズのセミナーと占いを同時にして学生達を集めたいと思っています。
その手伝いをお願いしたいのです」
「具体的には何をすればいいんでしょう」
以前イギリス館でスタッフのお手伝いをしたのでそういうことだろうかと朱音は思う。
「まずは申し訳ないのですが学校の前でビラ配りを。
僕たちが女子学校の前でやるのはさすがに厳しいものがありますので」
アレクがやれば誰も怖がって受け取らず、冬真が配れば途端に囲まれ配るどころでは無いだろうし、健人は締め切りが集中しているらしくとてもそんな余裕は無い。
「そして当日は、スタッフをしながら学生達とおしゃべりをして情報を聞き出して欲しいのです。
年齢の近い朱音さんなら彼女たちも警戒しませんし。
そして危険に感じそうなことは一切しないで下さい。
情報を得ても僕にすぐ伝えて、何があっても一人で勝手に動いたりしてはいけません」
真面目な顔で冬真は言っているが、つい最近スーパーで子供からおばさん、と呼ばれ傷ついた朱音としては、そんなに年齢は近くないと思います、という突っ込みを飲み込んだ。
「あくまで動くのは僕です。
朱音さんは僕の仕事の秘書として周囲には紹介しますので。
もちろん朱音さんは僕が守ります」
冬真は真面目に話している、それがわかっているのに冬真の最後の言葉がとても嬉しい。
こんな私を頼ってくれる、ずっと助けてもらってばかりの自分が少しでも冬真さんの助けになれる。
朱音は嬉しいです!という言葉と表情を出さないように顔を引き締めた。
「頑張ります」
そうやって朱音の本当の魔術師秘書としての仕事が始まった。
冬真は健人にも事情を話し、健人は最初は朱音が関わることを反対していたが、ちらしのイラストを描くから俺もサポートメンバーとして情報を流せ、と言ってきて冬真は苦笑いしながらそれを承諾した。
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