第31話
「健人さんも冬真さんに出会って救われたんですね」
「・・・・・・お前はあいつと会って救われたのか?」
健人の話を聞いて感動していた朱音が言った言葉に、健人は真面目な顔でそう聞いてきたことが朱音としては驚いてしまった。
もしかして冬真には自分の感謝が伝わっていないのだろうかと。
「もちろんです!
もしかして冬真さんが気にしてたりするんですか?」
心配になってそう聞くと、健人は黙ってしまった。
「あいつの本業は知ってるよな?」
「はい」
「あの連中は腹の探り合いが日常で、本音を話すなんてもってのほか。
あの冬真だって例外じゃ無い。むしろあいつはあの連中そのもの、だ」
真面目な顔でそんなことを言われ、朱音は困惑したように健人を見る。
「あいつが俺や朱音を同じ家に住まわせるのは、わかりやすい人間だからだ。
腹の探り合いをしなくていい、それはあいつの世界の住人ではありえない。
だが俺たちは違う。
あいつの本業を踏まえた上であいつを見なきゃ行けない、そのままで受け止めるのはリスクがある、特に女は、な」
健人の最後に言われた言葉で何を言いたいのか朱音はわかった気がした。
「私は別に・・・・・・」
「無理すんな、あれで好きになるなって方が無理だ」
「もし、そうだとしても叶うわけでも無いですし」
「叶う叶わないで人を好きになるわけじゃ無い。
人を好きになればそう簡単に止められるものじゃ無いだろ」
弱気に答える朱音に、健人はきっぱりと答える。
健人から冬真を好きなのかを問われた訳で、朱音はあまりそのことを考えたくは無かった。
感謝しているし、優しい人で、知識の豊富さなど心から尊敬している。
だが冬真が自分に向けるものはおそらく以前冬真自身が言ったように、保護者みたいなもの、というのを朱音自身も理解していた。
優しく、心配されながら守られている、それしか冬真からは感じない。
好きな気持ちが無いわけじゃない。
だが不毛な相手を思ってしまったのはロンドンで出会ったあの王子様以来で、朱音からすれば冬真との距離感を間違えてしまえば、この洋館から出て行かなければならなくなる、それだけは嫌だ、という気持ちの方が大きい。
本来出会うことの無かった冬真達と出会ったこの奇跡の時間を大切に思うのならば、今の淡い気持ちはあの王子様に抱いたものと同じで今後も変わらず冬真達と過ごせると朱音は思っている。
なによりあの冬真に自分は似つかわしくないし、こんな自分を冬真が好きになるなんて事は無い、それを朱音はわかっていた。
「私はまだ、あの洋館で健人さん達と過ごしたいです」
朱音は少し俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに健人の目を見る。
「冬真さんの本業の何かは私にはまだわからないですが、冬真さんが私に沢山してくれていることは事実でとても感謝しています。
それに本当に悪い人であれば健人さんはこんなに一緒に冬真さんと過ごしていないって思うので大丈夫じゃないかなって」
健人は目を丸くすると豪快に吹き出した。
「なんだそりゃ、俺の目を信じるから大丈夫だっていうのか?」
「私のイメージでは何というか、冬真さんは月、健人さんは太陽なんです。
きっと冬真さんも健人さんだからこそ、信頼して安心して一緒にいるんだなって見ていて感じます」
笑顔でそういう朱音を、健人は感心していた。
歳の割に朱音がしっかりしているのは育った環境でそうならざるを得なかったのだろうが、何かを純粋に感じ取る能力に長けているように思える。
だからこそ魔術師秘書だなんて言って、冬真は朱音を巻き込みたいのかもしれない。
俺や冬真には見えないものが、朱音になら見えるのだろうか。
朱音が冬真に完全に恋に落ちるのに、おそらく時間はかからない。
恋愛経験がいかにも少なそうな朱音を心配したつもりだったが、なんとなくこんな朱音をあの冬真にぶつけてみたい気になってしまう。
冬真には『彼女』の事とは関係なく朱音に向き合って欲しい。
自分が感じる朱音への冬真の態度の違和感が、もっと膨らめば面白そうなのに。
「あの・・・・・・」
自然と口元が緩みながらネギ塩タレがたっぷりかかった唐揚げを健人が口に入れようとしたら、朱音が遠慮がちに声をかける。
「ずっと水泳選手でいたかったですか?
イラストレーターとして有名になるよりも」
深刻そうな顔で聞いてきた朱音に、思わず健人は笑う。
「そうだなぁ、選手だったとしてもいずれ引退の時が来る。
俺はそれが早かっただけで、こういう道を進めたのはむしろラッキーな部類だと思っているし、今のこの生活が気に入ってるよ」
「私、学生時代色々あって、そんな中でKEITOさんの絵はとても心を癒やしてくれたんです。
こんな素敵な絵を描いて、人を感動させられるなんてどんなに凄い人なのだろうと」
「それが俺でがっかりしただろ?」
「まさか!私だけこんな凄い話を聞けて他のファンの皆さんに申し訳ないくらいです!
それに、昔から思っていたんです、KEITOさんから見たこの世界はとても幸せで綺麗なんだろうなって。
きっと優しい人だからそう見えるのかな、一度その目を取り替えてもらえないかな、なんて思ったり」
「なんだそりゃ」
健人は笑って答えているが、朱音がどんなに自分の絵をよりどころにし、そしてうらやんでいながら、ただ純粋に好きだと言う気持ちを伝えたいという真っ直ぐな気持ちが痛いほど伝わってくる。
こんな気持ちを直接伝えてもらって、嬉しくない訳がない。
「朱音は本当に良い子だなぁ、お兄ちゃんは嬉しいよ」
おどけてそう言った健人に朱音はきょとんとすると、少し複雑そうな顔をした。
「嘘なんてついてないです、本当に好きなんです」
「うんうん、お兄ちゃんも朱音が好きだよ」
テーブルを超えてわしわしと朱音の頭を撫でながらそう言えば、より複雑そうな顔をした朱音に健人は思いきり笑う。
朱音と一度ゆっくり話して冬真のことについて釘を刺しておこうと思ったが、何だか自分が励まされてしまったようだ。
「もちろんここはお兄ちゃんのおごりだから、デザートも好きなだけ頼んで良いぞ?」
「・・・・・・後でチョコパフェ食べたいです」
不満そうな顔をしながらしっかり希望を言った朱音に、健人は目を細めて笑った。
後は冬真次第かな。
煮物を頬張っている朱音を見ながら、健人は出来るだけ二人が幸せな未来を迎えられることを祈った。
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