第26話
「誕生日おめでとう」
ありがとうございますと言って受け取れば、それはシンプルなシルバー色の額に入ったイラストだった。
この洋館を正面から描いてあって、洋館の前に小さく人が三人いる。
両腕を持ち上げ何かポーズをとっているTシャツ姿は健人、薔薇を一輪持っているスーツを着ている男は冬真だ。
その前で黒い大型犬と戯れている女性、それが自分なのだとわかった。
「誰が誰かわかったか?
ちなみにそれ水彩で描いた一点物な。
オークションに出すなよ?」
「こんな素敵なお宝、誰が出すって言うんですか!
でもその、凄く勝手なことなんですが出来ればアレクも入れて欲しかったなぁって」
「アレクは」
げし、と健人の隣で紅茶を差し出したアレクが健人の足を容赦なく踏みつけ、思わず、ぎゃ、という声を出してしまったので朱音が健人を見た。
「あーアレクは、な、描かれるの苦手なんだよ」
「そうですか・・・・・・。
でもこの真っ黒なわんこは?」
「それはな、この洋館に伝わる幸運の黒い犬だ」
再度げし、と健人の足をアレクに踏まれ、おおぅ、と小さい声を出して健人が痛さで前のめりになる。
「幸運の黒い犬?」
「お前もいつか見つけたときは目一杯抱きしめると幸せが来るぞ?」
わぁ!と楽しみだといわんばかりの笑顔で再度絵を見ている朱音を前に、健人に向けるアレクの目は、コロスと言わんばかりに殺気立っていた。
「ありがとうございます!大切します!」
絵を抱きしめ幸せそうに笑う朱音を見て、健人はそりゃー良かったと白い歯を見せてわらった。
「さて次は僕ですね」
そう言うと、手のひらに収まるくらいのリボンがかけられラッピングされた正方形の箱を差し出した。
「気に入っていただけると良いのですが」
開けるように促せば、朱音は緊張したように綺麗に包装を剥がし、箱をぱかりと開けると、飛び込んできたのはえも言われぬ赤。
小指の爪より小さいサイズの赤い石が金色の台に一粒留めてある、とてもシンプルなネックレスだった。
深みのある赤なのに暗さが無い。
上品な濃さというのだろうか、 引き込まれるような赤に、朱音は食い入るように見つめてしまう。
「朱音さんの誕生石なのでルビーを。
既にお持ちかもしれませんが、良い品ですので」
「いえ!宝石はあのラブラドライトだけしかもってません。
いつかルビーは欲しいなって思ってたんです」
「それは良かった」
「おい、あのルビー、ただのルビーじゃないだろ」
健人がテーブルに肘をついて手に顔をのせながら嫌そうな顔でにこにことしている冬真に突っ込んだ。
「ルビーはルビーです」
「お前のおかげで少しは宝石見てるし、こっちは色を扱うプロなんだ。
あのルビーはその辺のルビーの色と段違いだろうが」
「どういうことですか?」
あー嫌だ嫌だ、と手を振りながら健人が言うと、朱音が戸惑ったように冬真を見る。
確かに素敵な赤だなぁという印象は抱いていたが、ルビーに詳しいわけでも無い朱音には、これがいくらするのか、どういうものかなんてさっぱりわからない。
「まぁ良いじゃ無いですか」
「朱音はこのあとこのネックレスを質屋に入れるかもしれないぞ?
安く買いたたかれないためにも情報が必要だろ」
「そんなこと絶対にしません!」
朱音がそう必死に言えば、冬真がくすっと笑う。
「そうですね、いざというとき朱音さんの助けになるかもしれませんし話しておきましょうか」
しませんってー!と訴える朱音に、健人が良いからよく聞いとけーと面倒そうに声をかけた。
「ルビーの価値を決める物はいくつかありますが、カラットは別としてやはり色と透明度、そして産地などがあるでしょう。
そしてルビーの中でも別格扱いなのは『ピジョン・ブラッド』です。
いわゆる『鳩の血』と呼ばれる物で、産地はミャンマー、昔のビルマのモゴック鉱山のみで産出され、ダイヤモンドよりも遙かに高額で売買がされます」
『ピジョン・ブラッド』というのを初めて朱音は聞いたが、鳩の血、といわれても色はピンとこない。
「ルビーは大昔からまじないやお守り、それこそ魔術に使われるほど歴史ある宝石で、その理由は赤、人間の血の色をイメージして、とても強いパワーをその色から感じ取ることが理由の一つなんです。
人間にも静脈と動脈の血の色は違いますよね?
身体中を巡り二酸化炭素を多く含んだ静脈血ではなく、酸素を多く含んだ美しい動脈血のような色が美しいと・・・・・・二人ともついてきてますか?」
まさか理科のそれも血液がどうのこうのという話題が出るとは思わず、朱音も健人も目を点にして完全に授業を理解していない生徒状態だ。
冬真が一人ずつに視線を向けると、教師から当てられたくないとばかりに二人とも顔を背け、冬真は苦笑いを浮かべる。
「では簡単な理科のお話しは置いておいて、その『ピジョン・ブラッド』は色もさることながら、モゴックでしか産出されず非常に希少性が高いこともあって高額なのです。
『ピジョン・ブラッド』の定義づけに、大粒であることとしているところもありますが、余計に希少性が高まるだけなので産地と色でそう名付けているところが実際は多いですね」
「で、この朱音にやったルビーは?」
テーブルに肘をつけながら、どうでもいいから結論だけ言えという目で健人が聞くと、冬真がやれやれと答える。
「モゴック産です」
「ようは『ピジョン・ブラッド』なんだな?」
健人の問いに、冬真は笑みを浮かべた。
「うへぇ、朱音、とんでもなく高額だぞそれ。
どっかで値段聞いてこい」
「えええ!」
健人がうんざりした顔で朱音に言うと、朱音は箱を持ったまま冬真を見てうろたえた声を出した。
「冬真さん!」
「返品不可です」
冬真は笑顔で慌てふためく朱音を見る。
「だってよ、もらっとけもらっとけ。
嫌になったら売れば良いんだよ、んなもん」
「何故そう売ろうとさせるんですか、自分のはオークションに出すなとか言ってる癖に」
「俺のは朱音のために作った一点物だからなぁ」
「僕もただのジュエリーとしてではなく、朱音さんを思って・・・・・・作りましたよ?」
「お前、笑顔で言ってるけどその間こえぇぞ?」
「失礼ですね。
単にルビーは元々お守りになるってだけですよ」
「違うよな?ぜってー違う意味で言ったよな?!」
朱音は目の前のやりとりを見てさすがに吹き出した。
本当に仲が良い、それだけが伝わってくる。そして自分への優しさも。
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