第27話
「冬真さん、ありがとうございます。大切にします」
「仕舞い込まないでつけて下さいね?」
「高額な物を身につけるのは怖いですし、こういう素敵なものが似合うようになったらつけたいと思います」
「それは違います。
宝石はあくまでつける本人を飾る物。
それをつけてより自分を華やかに、そして素敵に見せれば良いだけのこと。
宝石が似合うまで、なんて言っていたら、何歳になってもつけられません。
大丈夫、朱音さんはそのルビーに負けないほど可愛いですから」
ウィンクしてそんなことを言われ、朱音の顔がルビーに負けないほど一瞬で赤くなる。
むしろこんな綺麗なイケメンに可愛いなんて言われウィンクまでされて、平然と出来る女性なんているのだろうか、いやいるまい。
「お前って実はイタリア人とのハーフなんじゃねーの?
よくそんな歯の浮くような台詞と態度を平気で出来るよな」
面倒そうに言った健人に、
「僕は別にイギリス紳士ぶる気も、日本男児ぶる気もありません。
純粋にそう思ったから口にしただけです」
「日本の男はなぁ、そういう風には言わないんだよ!」
「健人、それはいけません。
女性は存在だけで素晴らしいんです、素直に褒めるべきです」
真顔で言った冬真に、健人が目を見開いた後、こういう奴がいるから嫌なんだよ・・・・・・と呟いてビールを煽った。
そんなやりとりを見て、朱音はくすりと笑う。
こんな風に言い合っていても二人は仲が良い。
冬真も健人もここでは素をさらけ出していて、そんな中に自分がいられることが朱音は嬉しい。
「アレク、プレゼントありがとう。
最後のケーキまでどれも素敵で美味しかった。
出来れば全部写真に撮って友達に自慢したかったよ」
朱音からわざとなのか少し離れて座っているアレクに言えば、アレクはやはり目を大きくさせた後、ふい、と顔を背け、当然のことをしたまでです、と言って紅茶を飲んでいる。
最初出会ったときはアレクに酷く嫌われていると凹んでいた朱音だが、無愛想に見えるだけで、残業して疲れ切っているときは甘い物を持ってきてくれたり、夜眠れなくてリビングに居たら既に零時を回っているのにハーブティーを持ってきてくれたりと、とても優しい。
もしかしたらこの洋館の一員になったからアレクもそう対応するのかもしれないが、こうやって気にしてもらえて優しさをもらえる、朱音にとってはこの上ない幸せだった。
「こんな素敵な誕生日は生まれて初めてです。
本当にありがとうございました」
朱音が心からの言葉を言って頭を下げると、よくわからない言い合いをしていた健人と冬真が顔を見合わせる。
「そんなに喜んでもらえるとは。
来年も楽しい誕生日にしましょうね。
あ、彼氏がいたら別の日にでも」
「今回はお前の誕生日を知ったのが直前で焦って用意したからな。
来年何か希望があるなら早めに言ってくれ。
それと、彼氏よりこっちを優先しろ、こっちを」
「和食もイタリアンでも大抵のものは対応可能です」
冬真と健人と最後はアレクまでもそんなことを言って、朱音は胸が一杯になる。
三人に出会いこんなにも良くしてもらって、なんだか罰が当たりそうだ。
「こんなにしてもらって、私、三人に何も素敵な物を返せる自信がありません・・・・・・」
料理は一応出来るがアレクに比べればお話にならないし、お金も無いので豪華な物も買えなければ、手先が器用というわけでも無いので手作りを渡せる自信なんて無い。
朱音は自分が出来ることがあまりにも無いことに、どうすべきか悩み始めた。
「そうだなぁプレゼントより、してもらいたいことがあるからそれを頼みたい」
「私に出来ることなら!」
「あーじゃぁ今度モデル頼むわ」
「いかがわしい事じゃ無いでしょうね」
健人の言葉に冬真の目がすっと細くなると、そんな事思いつくお前の方がエロいんだよ!と健人がツッコミを入れた。
「僕は近々朱音さんに魔術師秘書として本格的なお仕事をお願いすることになりそうなのでそれに応じていただけたらと」
「おい、なんだそれは」
にこにこと話した冬真を、健人が睨む。
「何がですか?」
「魔術師秘書って何だ?!朱音のことか?!」
「そうですよ?」
「そうですよ?、じゃねぇよ!
何勝手に朱音をお前の仕事に巻き込んでんだ!
聞いてないぞ!俺は!」
「聞かれてないですし」
「どう聞きようがあるってんだ!
吐け、何が目的だ、このエセ紳士が!」
「そんな言い方、傷つくじゃ無いですか・・・・・・」
「切なそうな顔して何でも許してくれるのは女だけなんだよ!」
「そうでもないですよ?」
怒りながら話す健人に、冬真は笑顔でのらりくらりと返し、その言葉に健人の堪忍袋の緒が切れた。
「いいから全て吐きやがれ!」
朱音は目の前で繰り広げられている口喧嘩にオロオロとしてしまうが、手がむなしく空中をさまようだけ。
「ずっと女性でサポートをしていただける人が欲しかったんです。
朱音さんの仕事ぶりを見て、是非にとお願いしたら快諾して頂けたので」
お願いされた覚えも快諾した覚えも無く、気が付くとそうなっていたのだがあまりに冬真が自信ありげに話すので、朱音はもしかしたら自分が忘れているだけでそういうやりとりがあったのではと思えてくる。
完全に冬真の大嘘なのだが、自信ありげに言われれば自信の無い者は自分の記憶の方が間違っていると思いがちだ。
「そうなのか?」
健人が朱音に尋ね、朱音がちらりと冬真を見れば笑顔だ。何を意味しているかは不明だが。
「えっと、経緯は忘れてたんですが、ここにタダで置いて頂いてますし冬真さんのお手伝いが出来るなら私は」
「駄目だろう?!」
えへへ、と誤魔化すように笑って答えた朱音に、健人は大きな声でテーブルから前のめりになる。
「ここにいることをお前が申し訳なく思う事に、こいつがつけ込んでるだけだろうが!
そもそも経緯を忘れてるって何だ?!
何かしたんじゃないだろうな、お前」
「してません。そこは誓います」
「そこはって他は何をしたんだ?!」
健人としては自分の知らない間にまた冬真が朱音を縛っていたことを知り、苛立ってしまう。
時々冬真の客にお茶を出したりしているのは知っていたが、単にアレクが動けないから朱音が手伝っているくらいの認識だった。
「大丈夫です、朱音さんは僕が大切にしますから」
にっこりと朱音に冬真は微笑み、思わず朱音はその言葉がまるで愛の告白のように聞こえてしまい恥ずかしくて俯く。
そんな意味で言ってはいないとわかっているのに、何度も脳内で再生してしまい、録音したかった、出来れば映像ごと、などと朱音は恥ずかしそうにしながら考えていた。
そんな様子を見て、より健人は苛立っている。
「そこは守る、とかだろう?!嫁にでももらう気か!」
「冗談ですよ。
健人の方こそ、まるで朱音さんの父親みたいじゃないですか」
その言葉に、健人はきょとんとしたが、何かを思いついたようににやりとした。
「おい、朱音」
「あ、はい!」
健人が笑顔で呼びかけて、朱音はお花畑になっていた脳内を消し身を正した。
「俺のことは今から兄と思え」
「え?!」
「冬真はただの大家だ。
俺はお前の兄だから何でも相談に乗る。遠慮するな。
特に大家の横暴はすぐに俺に話せ」
腕を組んで既に決定したとばかりに健人は笑って朱音に話しかけ、横にいる冬真を見て、冬真は目を丸くすると、くすっと笑う。
「随分とシスコンなお兄さんですね」
「横暴な大家から可愛い妹を守らなきゃいけないからな」
あはは、くすくすと健人と冬真が向き合って笑っているが、少なくとも心から楽しそうでは無さそうだ。
魔術師秘書の次には突然兄が出来て、自分は一切何も意思表示をしていないと思うのだが、もしかしてどこかで了承してしまっていたのだろうかと朱音は自分の発言を思い返すがいまいち自信が無い。
だが何故か嬉しい。
冬真が自分の行動を見て必要としてくれたことも、健人が心配して自分から兄となるなんて言ってくれることは、朱音からすれば幸せに感じる。
未だに目の前の二人はわいわい揉めているようだ。
外でも仕事でもスマートに振る舞う冬真もここでは気を張らずに過ごせるのだろうと思うと、自分がこうやってそんな中に入れてもらい、誕生日を祝ってもらっているのは自分にも新しい家族のような居場所が出来たことを朱音は実感して嬉しい気持ちにならないわけが無い。
そんなことを朱音が思っていると、目の前の空になったティーカップにアレクが紅茶を注いでいる。
「あの二人って仲が良いよね」
「そうでしょうか」
アレクは朱音を見ることも無く答えたが、そんなアレクのそっけない態度に朱音はくすっと笑う。
「お礼に今度は私が何か作るね、たいした物は出来ないけれど」
「おっ、朱音の手料理か!俺はいかにもお袋の味ってのが良いな」
「兄に立候補したのに、朱音さんに母を要求するんですか」
「何で突然日本語に慣れてない外国人みたいな斜め上の返しすんだよ!」
アレクに返したはずが、あっという間に健人と冬真が割り込んできて、思わず朱音は笑ってしまう。
楽しくて、温かい。
賑やかで騒がしいダイニングで、朱音は笑って出る涙では無い、何か心の奥底から湧き出た涙を必死に我慢して笑った。
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