第3話 初めての相談者は学年でも有名人


「やっぱり着る羽目になったか・・・」


 私はため息を吐きながら、身に纏う白衣の袖を見つめる。白衣は長袖で丈の長いタイプだ。


 あの後、綾瀬先生は私のために白衣を持ってきた。


 最初は断ったが、決まりらしく拒否権はなかった。そのため、渋々、白衣を着用することを了承した。


 私はイスに座りながら、静かな相談室に身を置く。現時点で相談者の姿はない。もはや、相談室という施設が学生にどれほど認知されているのかもわからない。


「やることもないし。昨日借りたい小説でも読んで時間を潰したほうがよさそうね・・」


 私は誰もいない空間で独り言をつぶやき、スクールバックから小説を取り出す。内容は文学系ね。


 私は慣れた手つきで文庫本の小説のページを開き、特に何も考えずに読み進める。小説を読む際に、キャラの心情や今後の話の展開を考えながら読む人がいるかもしらないが、私はそんな面倒なことはしない。わざわざ頭を使って小説を読んで、体力を使うのはばかばかしい。なぜ、本を読みながら頭を回転させる必要があるのだろう。理解に苦しむわね。


 ぺらっぺらっと静寂な空気が流れる室内で小刻みにページを繰る。通常よりもわずかに目を細めながら。


『コンコンコンッ』


 突如、相談室の戸がノックされる音が生まれる。


「はい!」


 私は瞬時に返事をする。普段よりも大きな声でね。なぜか知らないけど、自然と出てしまった。


「すいません。相談室って書いてあるんですけど、今から相談ってしてもらえますか?」


 戸越しからそのような旨を示す言葉が紡がれる。声色は男性のものだった。男性にしてはわずかに高い声色だった。


「はい。大丈夫ですよ」


 私は普段の口調に戻し、少しは気を利かせて戸まで足を運ぶ。それから、こちらから戸を開ける。


「どうぞ・・・」


 戸の前に立っていた上下ネイビーの制服を着た男子生徒に入るように促す。


「は、はい。ありがとうございます・・・」


 身長170センチ程度の男子生徒は軽く会釈するように頭を下げると、相談室に足を踏み入れた。


「そこの1番近くのイスに座ってください」


 私は男子生徒がイスに向けて歩き始める光景を視認して、相談室の戸を優しい手付きで閉めた。ほとんど音を立てずにね。


「何か飲み物は飲みますか?コーヒー、紅茶、お茶、ココアならありますよ」


 私はちょうどイスに座った男子生徒に問い掛けた。


「じゃあ、コーヒーお願いします」


 男子生徒は振り返り、返答する。


 私は黙って頷くと、食器棚近くに移動し、コーヒーカップとインスタントのコーヒーを手に取る。それから、カップの中にインスタントを投入し、お湯を入れる。最後に、小皿をコーヒーカップの下に敷く。


「はい。どうぞ・・・」


 私はテーブルにコーヒーを置く。男子生徒の目の前にコーヒーカップが置かれる形となる。


「ありがとうございます」


 男子生徒は律儀にお礼を述べると、早速カップを手に取り、口に運ぶ。


 私の視界に長めの茶髪でブラウンの瞳をしたイケメンのコーヒーを飲む姿が映る。鼻も整った形をしており、客観的にモテる顔立ちをしている。私は特にカッコいいとは感じないけどね。


「それで、相談はどのような内容ですか?」


 私は向かい合って座る男子生徒がコーヒーカップを置いたタイミングで率直に気になっていた疑問を口にする。当然の行動よね。向こうは相談するために相談室を訪問したのだからね。


「あぁ。その前に自己紹介がまだでしたよね。僕の名前は一ノ瀬大吾(いちのせ だいご)です」


「もしかして、2年生の一ノ瀬君?」


 私は気になってそう問い掛けた。


「そ、そうだけど」


 一ノ瀬君は私の言葉に少々驚き、口が半開きになっている。


「そうなのね。あなたがあの一ノ瀬君なのね」


 私は相手の心の状態など無視して、勝手に合点がいたため、何度か軽く頭を縦に振る。


 一ノ瀬君の名前はクラスの女子から頻繁に吐き出される名称だった。学年1のイケメンらしく、女子から多大な人気がある事実がクラスの女子生徒の会話から認識できた。そのため、学校内の情報に疎い私でも一ノ瀬君のことは少しだけ知っていた。まあ、他の女子生徒と比べたら圧倒的に情報は不足していると思うけどね。


「ごめんなさい。私は灰原。この学校の2年生よ。それと、私達、同級生みたいだから堅苦しく敬語で話すのやめない?」


 私は敢えて一ノ瀬君にそう提案する。変に気を使うのは面倒くさい。年配の人間に対しては最低限の気を遣わないといけないと思うが、同級生で年も一緒の人間に気を遣い敬語で話す必要はない。私はそう思う。


「そうだね。じゃあ、敬語はやめようか」


 一ノ瀬君は薄く微笑む。この微笑みを目にしてときめく女子生徒の顔が容易に浮かぶ。私は特に全然感じないけどね。


「それで、もう1度聞くけど、相談の内容はなに?」


 私は足を組んで、同じ疑問を口にする。仕事を全うするために。


「実は、今回の相談は恋愛に関するものなんだよね」


 一ノ瀬君は神妙な面持ちを作る。どうやら、結構、深刻な悩みな感じがする。


「そうなのね。それでどんな内容なの?自分の話せるタイミングになったら話して。私は時間が許す限り待つから」


 恋愛経験が皆無の私だが。一応、相談員なので、最適なアドバイスができるか不明だが、話しやすい空気を作る言葉選びを行う。やはり、相談しやすい環境の醸成が1番重要だから。


「うん。僕はここ最近、幼馴染の女子生徒に告白された。名前は姫宮沙友里(ひめみや さゆり)っていうんだけど」


「姫宮さんって私達の同級生の人?」


「そうだよ。その姫宮だよ」


 一ノ瀬君は私の確認を肯定するように頷く。


 姫宮さんも学年でかなりの人気者なのか。しばしばクラスの生徒が口にする名称だった。かわいいとか、癒しだとか、テンション高めに口にしていた記憶がある。だから、多少なりとも姫川さんに関する情報も持っている。だけど、本当に微小だけれどね。


「ごめん。私の都合で話を遮って。それで、その幼馴染に告白されて悩んでるって感じ?」


 私はおおよそ推測で言葉を選んだ。安直に考えてそんな感じの悩みだろうと勝手に思った。


「そうだね。その通りだよ。幼馴染の沙友里から告白されたから悩んでるんだ」


 一ノ瀬君は思い詰めた表情で俯く。


「なるほど。なぜ悩んでるの?今の話を聞いてる限り、今のところ私には悩みの種が理解できない」


 私は一ノ瀬君の悩みの種を抽出するために、敢えてド直球で深掘りに掛かる。そうしなけば、悩み解決のための進展は叶わないから。


「正直に言うとね。僕は沙友里を恋愛対象として見れないんだ。色眼鏡があるかもしれないけど。どうしても、幼馴染の女の子としてしか見えないんだよ。でも、もしも告白を断れば、今までの幼馴染の関係ではいられなくなると思うんだ。多分、今の関係は崩壊する。だから、悩んで告白の返事をできないでいるんだ。沙友里の告白はいつになってんも良いっていう、言葉に甘えてね」


 一ノ瀬君は自分を責め、身体から暗いオーラを醸し出す。


 どうやらかなりお悩みの様子だった。


「話を聞く限りだと、一ノ瀬君は姫宮さんと仲睦まじい幼馴染の関係でいたいのね?」


「・・・」


 一ノ瀬君はゆっくり頭を上げ、静かに頷く。その際、彼のきれいな瞳が私の目と合う。


 結構、わがままだなっと胸中でつぶやきながらも、決して口には出さない。出したら、空気は悪くなる上、一ノ瀬君が怒りを覚えるかもしれない。もしかしたら、最悪、心に傷を負う可能性もある。だから、心の中に留めておく。


「わかったわ。それで、あなたが私に求めるのは悩みの解決方法でいいかしら?」


 私は相談員というポジションだが、生徒の悩みを解決するのが理想らしい。だから、理想を叶えるためにできる限り努力する。ただそれだけ。


「そうだね。それがベストかな。ごめんね。灰原さんの仕事は相談に乗ることだけどね」


 一ノ瀬君は申し訳なそうな顔を浮かべる。彼は相談員の仕事をある程度、理解しているように見える。もしかしたら、間違っているかもしれないけど。


「気にしなくていいわ。それに、この相談員の仕事の理想は、生徒の相談を受けるだけでなく、悩みを解決することらしいから。私はその仕事を全うしないといけない。時間をどのくらい費やすかは定かではないけど、あなたの悩みを解決するために精一杯尽力するつもりよ」


 私は本音を口にする。嘘をつかず、相手に安心感を与えるために。


「本当に!それは助かるよ!!」


 一ノ瀬君は明らかに安堵していた。自分の悩みが解決できる希望が少しでも生まれて嬉しいのだろうか。それは不透明だが、どうやら私の狙いは上手く行ったようだ。


 その後、気になったことや必要そうだと思うことを2、3点ほど聞いて、お開きになった。


 一ノ瀬君は入室前よりは気分よく相談室を後にする。


 一方、私はイスから立って、彼の背中を見つめながら、退出するまで見送った。

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色々な価値観を知るために学校で相談役を始めた。そしたら、なぜかイケメンばかりが来て、相談に乗り、解決したらなぜか相手側から好まれた様子なんだけど 白金豪 @shirogane4869

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