第2話 相談役に関する簡単な説明


 次の日。授業終了後の放課後。


 私は昨日の担任の言葉に従い、職員室の真隣の相談室に向かう準備に取り掛かる。


 騒がしい教室の中で、自身の席に座り、革製のスクールバッグの中に教科書やノートを投入する。帰りの支度を済ませるために。


 周囲の雰囲気とは正反対の空気を発しながら、私は帰りの支度を済ませ、自身の席から立ち上がる。


 できるだけ目立たないように後ろ戸から退出し、相談室に向けて歩を進める。ゆっくりでも速くでもなく、その中間のほど良いスピードで。


 廊下を歩く間、何度男女の生徒とすれ違う。決してその生徒達と会話など交わさないが。


 私は周囲が会話で溢れている中、静かにスクールバッグの重みを身体に感じながら、1歩1歩進む。


 何も考えずに向かっていると、いつの間にか相談室前に到着していた。


「ここなのね・・・」


 私の胸にわずかに緊張が走る。やはり、初めて入る場所は少なからず不安や緊張を感じる。


 ドアはきっちり閉まっているので、礼儀としてノックをする。


「はい!どうぞ!」


 中から反応があった。どうやら人がいるようね。おそらく、声の主が相談員に関して簡単に説明をしてくれる人よね。容易に推測できるわね。


「失礼します・・・」


 私はいつもの声のトーンで入室した。気を使って大きな声を出すなんてことはしないわ。


「あら、あなたが灰原さん?」


 黒髪ロングヘアに茶色の瞳をしたキレイ系の女性が明るい声で問い掛けてきた。その女性は白の白衣を着用していた。


 部屋には長机とそれを挟むように小さめのソファが2つ置かれている。その上、本棚もあり、小説やビジネス書などが配列される。


 他にも洗面台やコーヒーの元や食器の入った食器棚が存在するわね。


「はい。私が灰原です」


 私は平坦な口調で応答する。私は愛想が決して良くない。そのため、満面の笑みで問い掛けになど答えない。


「待ってたわ。知ってるかもしれないけど。私は綾瀬真登香(あやせ まどか)。この学校の保健室の教員よ。とにかく、そこのイスに座って!それから相談員についての説明をはじめましょ!」


 綾瀬先生は愛想よく微笑を浮かべ、私に対してイスに座るように催促した。私の態度とまるで正反対であった。


 そんなことを感じながらも、私はイスに腰掛ける。


「何か飲む?コーヒーや紅茶。色々あるわよ」


 綾瀬先生は食器棚を探りながら、私に疑問を投げ掛ける。目線はこちらに向いていない。


「私は結構です。何もいりません」


 特に飲み物を欲していなかったので、正直な気持ちを口にする。


「そう。美味しいのに」


 綾瀬先生はそれ以上、何も言わず、自身の分だけ飲み物を用意する。


 コーヒーカップの中に事前に湧いたお湯を入れ、コーヒーを作る。


 私の向かいの席に座ると、コーヒーを1口飲む。


「それで、これから相談員に関する説明をしなきゃね」


 綾瀬先生はコーヒーカップを机に置くと、パンっと軽く両手を合わせた。


 私はその行動に多少なりとも違和感を覚える。意味がありそうにないから。


「まず、お礼を言わなきゃね。灰原さん。ありがとね!相談員に応募してくれて」


 綾瀬先生は「本当に助かったよ~」っと漏らしながら、嬉しそうに笑顔をこぼした。その笑顔は決して作り笑いではなく、自然に生まれたものに見えた。


「いえ。そんなお礼されることではありません。興味があって応募しただけなので」


「いやいや。そんなことないよ。本当に学生から応募が全くなくて、相談員を集めるのを中止しようとしてたぐらいなんだから」


 綾瀬先生はやんわりと私の言葉を否定する。どうやら、学校側にとって私の応募は大変ありがたい出来事だったらしいわね。


「それで、本題に入らないとね。灰原さんが応募した相談員の仕事はね。端的に言うとね。悩みを持った生徒の話を聞くことなの」


 私はこくっと黙って頷き、理解を示す。相槌を打つように。


「その悩みを持った生徒はおそらく、いきなりこの相談室に来ると思う。予約という制度はないからね。でも、この相談員というものを設けたのはこの学校では始めたなの。だから、どれだけ生徒が訪れるかはおおよその推定もできない状態なの」


 綾瀬先生は申し訳なそうな顔を浮かべる。少なからず、生徒がどれくらい訪れるくらいは事前に伝えておきたい気持ちがありそうね。


「わかりました。初めてならその辺に関しては仕方がないですね。そこで、疑問に思ったんですけど。なぜ、学生の相談員を募集したんですか?この学校の心理カウンセラーの相談員がいるのに」


 私は会話をしながら、すっと脳内に浮かんだ疑問を口にする。良く考えれば不思議だった。カウンセリングなどの社会的に認められた立派な資格も保持した相談員がいるにも関わらず、敢えて学生の相談を求めたのだろう。不思議で仕方がない。


「そうね。確かに灰原さんの言う通り、この学校にはしっかりとしたカウンセリングの資格を持った相談員がいるわ。でも、同じ年頃の学生にしか話せない悩みっていうのがあるんじゃないかって、意見が学校の教員の話し合いで生まれた。そこで、試験の形で、1度実施するために学生に向けて募集をしたの。複数人の生徒は必ず目にするであろう、職員室の戸にチラシを貼ってね」


「そうだったんですね」


 私は合点がいって、何度か首肯した。確かに、同じ立場に身を置いた学生にしか相談できないことも多々あると思った。大人には相談できないデリケートな問題、人間関係など色々あるだろう。


「相談員の仕事はとにかくカウンセリングのように親身に話を聞いてあげて欲しいの。もちろん、灰原さんはプロではないから、できる限りでいいよ。それと、理想としては、学生の悩みを解決できればベストかな」


 綾瀬先生は長々と説明すると、落ち着かせるようにコーヒーに口をつける。ずずっとコーヒーを飲む音が私の鼓膜を刺激する。


「わかりました。私のできる限り精一杯頑張ります」


 私は素人であり、プロでも何でもない。そのため、そんな陳腐な答えしか言えない。だって、相談員の経験なんて皆無だものね。


「うん。その意気だよ!もし、困ったら私に相談して。どんなことでもいいから」


 私は無表情で了承する。まだわからないが、おそらく今後、相談はしないだろう。もし困ってもネットで解決策を探す。私はそちらの方が効率が良いから。


「それでは、今日から相談員の仕事をお願いするから。私はここらで退出するね」


 綾瀬先生はコーヒーを飲み終わると、勢いよく立ち上がる。流れるように洗面台に辿り着き、使用したコーヒーカップを慣れた手付きで洗う。洗い終えると、乾かすために適当に洗面台の空いたスペースにコーヒーカップを置いた。


「あ、忘れてた。相談員として活動するからには白衣を着てもらわないといけないからね。今、ここにはないから。保健室から取ってくるね!」


 綾瀬先生は張り切った口調で相談室を退出する。駆け足で今後の未来を楽しむかのようにね。


「えっ。白衣?聞いてないんだけど・・・」


 だが、私にとって先生の感情や行動など無関心だった。


 ただ、これから白衣を着ないといけない羽目になる事実に驚きを隠せない。


 なぜ、相談員に白衣なのだろう。意味がわからない。ただ、直感だがおそらく拒否権もなさそうだ。綾瀬先生の口ぶりだと、決定事項な予感がする。


 そのため、私は目をパチパチさせながら、綾瀬先生が閉めた戸をただ見つめていた。1度、私の手で開いた戸を。

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