クリスマスプレゼント

口羽龍

クリスマスプレゼント

 今夜はクリスマスイブだ。多くの人々は誰かと一緒に夜を過ごし、楽しい夜を過ごす。子どもたちはどんなプレゼントがもらえるんだろうと心待ちにして待っている。


 だがそんな中で、1人でクリスマスを過ごす人もいる。それは『クリぼっち』と言われている。誰かと過ごしたいと言う人もいれば、過ごせないと絶望している人もいる。


 信吾は過ごせないと思っている。もう何年もクリぼっちだ。独身で、小さな部屋で暮らしている。東京で1人暮らしをして、もう何年たつだろう。忙しい生活を強いられていて、全く交際する機会が作れない。あの時、交際していればと後悔している。だが、その時はもう戻らない。


 信吾が東京にやって来たのは、高校を卒業してからの事だ。東京の大学に進学するのをきっかけに、東京に住み始めた。信吾は初めての1人暮らしや、大学生活が楽しみで楽しみでたまらなかった。


 だが、そこで待っていたのは、見慣れない生活と大学での苦悩だった。あまりにも難しすぎる講義や、1人暮らしの日々の中で、信吾は徐々に自信を失った。そして、何もかもに消極的になってしまった。結局彼は落第し、1年ぐらい無職のままだった。


 何とか就職できたものの、残業ばかりで忙しく、自分の時間を取れない。そして、精神的に辛くなってしまった。その辛さは普段の仕事にも出てしまい、入退社を繰り返した。10回以上入退社を繰り返して、やっと安定してきたものの、誰とも付き合いのない孤独な日々を送っていた。


「今年もクリぼっちか。寂しいな」


 マンションの1室から、信吾は東京の夜景を見ていた。夜景はとても美しい。だけど、自分はそんな中で孤独な日々を送っている。高校までは楽しい日々だったのに。どうしてこうなったんだろう。毎日が辛い。早く孤独に死にたいなと思った事もある。だけど、まだまだ生きなければ。毎日がその葛藤だ。


「あの頃は楽しかったのに」


 信吾は夢に見た大学に入学した日の事を思い出した。これから始まる夢にまで見た日々。これほど希望に満ち溢れた日々はなかった。なのに4年間でこんなに落ちて、何もかも失ってしまった。


「もう戻ってこないのか」


 信吾は就職してからの日々を思い出した。満足なお金をもらえず、車すら買えない。みんなは普通に買っているのに、自分は持てない。うらやましいけど、自分には金がない。だから買ってもらえない。人生をやり直して、車が買えるほど豊かな生活を送りたいな。だけど、もうそんな日々は来ないだろう。




 信吾は実家に帰省した時、車が欲しいという思いを口にした。みんな持っているのに、自分は持っていない事に不満を抱いていた。帰省した時にみんなからからかわれる。それが本当に辛い。もう実家に帰りたくないと思ってしまう。


「車があったらいいのに。いろんな所に行けるのに」


 信吾は真剣な表情だ。だが、母はまるで聞き耳を持っていないようだ。


「だけど、お金がないのなら、我慢しなさい」

「そんな・・・」


 いつもこんな答えだ。とても悔しい。みんなからからかわれている。自ら命を絶ち、もう一度人生をやり直したいと思ってしまう。


「しょうがないじゃないの。お金がないんだから」

「は、はい・・・」


 結局、信吾は諦める事にした。だが、諦めきれない。大金を手にして、車を買ってやる。そして、みんなに自慢するんだ。




 結局、車を買える時がないまま、時は過ぎて行った。東京に住んでもう何十年になるんだろう。何のために僕は東京に来たんだろう。孤独になるために来たわけじゃない。夢を持って東京に来たはずなのに。


「大丈夫?」

「ん?」


 と、誰かの声がした。信吾は振り向いた。一体誰だろう。だがそこには誰もいない。部屋の鍵は閉めたのに。信吾は首をかしげた。


 信吾は再び窓の外を見た。マンションの下には道路があり、何台もの車が通り過ぎていく。乗っている彼らがとてもうらやましい。自分は持っていない。涙が出そうだ。


「遊ぼうよ」


 また信吾は振り向いた。一体誰だろうと思った。そこにはウサギのぬいぐるみがある。信吾はぬいぐるみを集めるのが趣味で、いくつものぬいぐるみが置いてある。いつもは棚にあるはずなのに、なぜあるんだろう。まさか、そのぬいぐるみが話しかけたんだろうか?


 その時、ウサギは右目でウィンクをした。まさか、ウサギのぬいぐるみがしゃべるとは。


「い、いいけど」


 すると、ウサギのぬいぐるみは笑みを浮かべた。まさかこんな事になるとは。こんなに嬉しいクリスマスイブは何年ぶりだろう。


「かわいいなー」


 信吾はウサギのぬいぐるみを抱っこした。ウサギのぬいぐるみは喜んでいる。信吾は満面の笑みを浮かべた。


 突然、クマのぬいぐるみもやって来た。まさか、クマのぬいぐるみもやって来るとは。ウサギのぬいぐるみだけでも十分なのに。


「もっと抱っこして!」

「うん!」


 ウサギのぬいぐるみの希望にこたえて、もっと強く抱きしめた。ウサギのぬいぐるみは嬉しそうだ。

 と、クマのぬいぐるみもやって来た。クマのぬいぐるみもかまってほしいようだ。


「僕も僕も!」


 クマのぬいぐるみも抱いてほしいようだ。それを見て、信吾はウサギのぬいぐるみを床に置いた。そして、今度はクマのぬいぐるみを抱いた。


「いいよ!」


 信吾はクマのぬいぐるみを抱きしめた。クマのぬいぐるみは嬉しそうだ。孤独な自分にこんな事が起こるなんて。まるでクリスマスイブの軌跡だ。


 突然、鍵をかけたドアを開けてオオカミ男がやって来た。オオカミ男はサンタクロースの帽子をかぶり、サンタクロースの服を着ている。そして、大きな箱を持っている。


「クリスマスチキンを買ってきたよ!」

「本当? ありがとう」


 信吾は驚いた。まさかこんな客がやって来るとは。CMでしか見た事のないクリスマスチキンをみんなと食べられるなんて。


 信吾は折りたたんでいたテーブルを出した。そして、冷蔵庫から炭酸飲料を取り出した。オオカミ男はクリスマスチキンの入った箱を置いた。箱の中からはおいしそうなにおいがする。それに釣られるように他のぬいぐるみもやって来た。


「おいしそう」

「みんなで食べよっか?」


 オオカミ男は提案した。クリスマスチキンをみんなで食べるなんて。夢にまで見たクリスマスイブだ。


「いただきまーす」


 信吾はクリスマスチキンをほおばった。何とも言えないおいしさだ。みんなで迎えるからだろうか? コンビニで売っている骨のないフライドチキンよりずっとおいしい。


「おいしい?」

「うん」


 信吾は脂の付いた手をふきながら、笑みを浮かべた。すると、周りにいるぬいぐるみやオオカミ男は笑みを浮かべた。


「よかった」

「こんなクリスマス、何年ぶりだろう」


 信吾は今までのクリスマスイブを思い浮かべた。東京に来てからの事、誰かとクリスマスイブを迎えた事がない。みんな誰かと過ごしているのに、僕はいつもクリぼっちだ。就職して忙しくなってからはより一層誰かと触れ合う機会が減り、誰かと迎えようという気になれなかった。本当は迎えたかったのに。


「嬉しい?」

「もちろんだよ」


 信吾は再びクリスマスチキンをほおばった。そして炭酸飲料を飲んだ。クリスマスチキンでいっぱいするなんて、夢のようだ。


「毎日頑張ってる姿、かっこいいよ。だから今日は、みんなからプレゼント」

「ありがとう!」


 その時、信吾は感じた。今まで自分が仕事を頑張ってきた事、入退社を繰り返しても前を向いて頑張ってきた事は間違いではなかった。今までの頑張りに応えて、ぬいぐるみやオオカミ男がクリスマスプレゼントをくれたんだと。


「みんなのおかげで今年は最高のクリスマスイブだよ」

「そう? 喜んでくれて何より」


 ウサギのぬいぐるみは笑みを浮かべた。いつも頑張っている信吾に感謝をしたかった。そして今日、その願いが叶った。


「今日は本当にありがとう。でも、みんなと会えた事が最高のクリスマスプレゼントだよ」

「いい事言うじゃん!」


 オオカミ男は信吾の肩を叩いた。信吾は思った。頑張ってさえいれば、必ず幸せは訪れるんだ。だから今を頑張ろう。




「あれっ?」


 翌日、クリスマスの朝、信吾は目が覚めた。今日は仕事が休みだ。しっかり体を休めよう。昨日の夜の話は、夢だったんだろうか? オオカミ男がやってきてクリスマスチキンをごちそうになるなんて。


「楽しかったな」


 信吾はカーテンを開けた。と、信吾は驚いた。雪が降っている。降らないという予報だったのに。どうしてだろう。まさか、彼らが奇跡を起こしたんだろうか?


「こんな僕でも、頑張れば必ず報いが来るって事かな? よーし、明日も頑張ってみるか」


 信吾はネットサーフィンをしようと、机に向かった。すると、机に鍵が置いてある。部屋の鍵ではなく、車の鍵だ。どうして置いてあるんだろう。自分は車を持っていなのに。


「あれっ、これは?」


 信吾は鍵を手に取った。一体誰が置いたんだろうか? まさか、母だろうか? あれだけお金がないからという理由で許さなかった母がどうして?


「お母さん・・・」


 信吾は受話器を取った。母にその理由を聞くつもりだ。


「もしもし」

「信吾、ごめんね。近所の人々が車を持ってない信吾くんかわいそうだから買ってあげなよって言われたの」


 母は涙を流しているようだ。あれだけ仕事を頑張ているのに、どうしてその頑張りに応えられなかったんだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。どうしてだろう。涙が出てくる。


「本当?」

「うん」


 母は涙ながらだ。信吾は笑みを浮かべた。こんなにも嬉しい日はない。


「ありがとう。ごめんね。あなたの気持ちに応えられなくて」

「いいんだよ。全部、自分のこれまでの生き方が悪いんだよ」


 電話が切れた。いつの間にか、信吾は涙を流していた。僕のために、こんな事をしてくれたなんて。ありがとう、お母さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスプレゼント 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ