第37話 敢えてのミスリード

「陛下、少し相談があるのですが……」


 ある日の昼下がり、今日分の仕事を終えた僕がだらけながら読書に勤しんでいた頃、フィレノアが疲れたような表情で声を掛けてきた。


 そういえばここ最近は妙に疲れたような表情をしていたように感じる。


「どうした?」


「それが、最近困っていることがありまして……」






「……なるほど。それは大変だね」


 相談内容は想像以上に深刻で、業務に支障が出るほどだという。


 フィレノアは今から少し前に子爵になった。


 貴族たちからもようやく爵位をもらったかと納得の声が上がっていて、結構好意的に取られた叙爵だ。


 そんな信頼に厚いフィレノア。


 かわいくて仕事ができ、それでいて国王、王妃とのコネクションもある。


 そんな若い独身の新興貴族当主に目をつけない貴族はいなかったということだ。


 毎日毎日大量に届く見合い話。


 机の上には大量の手紙が積み重なっていて、仕事の書類が埋もれるほどだという。


 そんな大人気なフィレノアだが、彼女自身は今のところ結婚の願望は一切ないらしい。


 結婚をすれば今の仕事量から仕事を減らさないといけないのがつらいとかなんとかで、それにおなかの中に新たな命を宿せば、ここで仕事をするのも厳しいだろう。


 それが嫌なのだとか。


「……断っているのですが、それでもみんなしつこくて……」


「そうか……、業務に支障が出るのは大変だな」


 彼女はこれほど優秀で、なぜ今まで見合いの話が来なかったというと、いや実際は来ていたのだが、彼女が平民であるということが大きな理由であった。


 比較的自由恋愛のこの王国だが、貴族の婚姻というのはなかなかに重大な出来事だ。


 誰と婚姻関係を結ぶかによって、今後の家の方針や存続が左右されてしまう場合がある。


 だからほとんどの貴族は、いくらほしくてもフィレノアに手を出すことは出来なかった。


 来ていた見合い話のほとんどは比較的そこら辺のいざこざが少ない男爵や準男爵、騎士爵などの下位貴族や、有力な商人、地主などだったが、彼女がいやがっているので、雇い主の権限で僕のラインでもみ消していた。


 ただ、子爵となってしまった以上、そこに僕が入るというのも厳しくなってしまう。


 通常貴族の場合は当主がそこら辺の判断をするため、子爵家当主であるフィレノアがすべてを管理しなければならない。


「さて、どうしたものか……」


「ん? 何の話?」


 そう悩んでいる僕たちの元に、軽快な足音で廊下を歩いてきたククレアが参加してきた。


「なるほどね。そういうこと」


 フィレノアはククレアにも事情を話し、相談に乗ってもらうらしい。


 まあこういうのは同じ性別同士で話し合った方が良いだろう。


「簡単じゃない? レイと結婚すれば良いじゃない」


「「はぁ!?」」


「嫌?」


「えっと、別に嫌ってわけではないんですけど、陛下とはなんとなく友達と言いますか、いや、友達と言うより主従関係のイメージが強くて」


「いや主従関係には見えないけど……」


 フィレノアの発言に間髪入れずに突っ込んだククレアの発言が少し気になったが、今はそんなことに耳を傾けている余裕はない。


 とりあえずこのよく分からない謎の感情を言葉にしないと。


「確かにそうだ。僕も同じことが言いたかった。別に良いんだけど、なんか違うんだよね」


「そうそう! なんか違うんです!」


「う~ん、そういうもんかねぇ……」


 なんか違うのだ。本当になんか違う。


 嫌ではない。でも違う。


 この言葉に表せない謎の感情を理解してほしい。


「……これは照れ隠しとかそういうのじゃなさそうね」


 本気で悩み出した僕とフィレノアを見て、ククレアも僕たちの感情をなんとなく理解してくれたらしい。


 そりゃそうだろう。


 通常照れ隠しとかだったら頬を赤く染めるとか、耳が赤くなるとか有るだろうけど、マジでないからね。


 それに僕にはもうククレアがいるし。


 でもこの国貴族だと第2第3夫人とか結構当たり前だし……。


 でもフィレノアと結婚は違うんだ。


 友人で、仕事仲間で、優秀すぎる部下で……。


 今の関係をキープした方が僕たちにとっても絶対良い。


 婚姻関係を結んでいないからこそ、それぞれの本音を話し合うことが出来るというのもあると思うんだ。


 良い相談相手が必ずしも己に近しいものとは限らないんだよ。


 それに、フィレノアと結婚したらメイドとか秘書とか護衛とかをさせにくくなってしまうから……。


「じゃあさ、レイの名前を借りれば良いんじゃない?」


「と、いいますと?」


「レイ、ちょっと国王印をこの紙の端っこの方に押してくれない?」


「え? 白紙じゃないか。まあいいけど、変なことには使わないでね」


「分かってるって」


 どうやらククレアが何かを思いついたらしく、印を求めるということは国王の公認があった方が良いということなのだろう。


 まあククレアとフィレノアのことは信用しているから大丈夫だと思う。


「じゃあフィレノアついてきて~」


「は、はぁ、分かりました」






 数日後。


 今最も注目されている新興貴族であるフィレノア・フェリシアリ子爵から公式に声明が発表された。


 それもこの国の国王、そして王妃の公認印付きという。


 その声明により、大量に来ていた縁談、見合いの話が一斉に鳴りを静めたとか。


『私は陛下に身も心も捧げた身。これに他の殿方が介入する間はありません』


 フィレノアを狙っていた貴族たちは、遠回しではある者のその真意を理解した。


 いや、本当は全く別の意味なのだが、こう勘違いさせるようにククレアが作ったのだろう。


『フィレノアは既に国王、レイフォース・アインガルドの愛人であり、これはククレア王妃殿下も認めている関係である』


 という風に貴族たちは解釈した。




 その日の執務室では、困ったような呆れたような表情をしながらため息を吐いている国王の姿が観測されたとかなんとか。


「……これ、忠誠とかそういうことだよね?」


「もちろんそうですよ? 私は一王国貴族として、一王国の民として陛下に忠誠を捧げています」


「そ、そっかぁ~、ありがとねぇ~」

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