第26話 仕事人

「あのミラトルテって子は随分と優秀ね」


 例の談話があってから1日が経過した。


 終始ビクビクとしていたあの家族たちも帰途につき、またいつも通りに王宮は動き始める。


 今までたんまりあった僕の仕事も今日から順次ジェノム侯爵へと移っていくため、今日の仕事量はいつもの半分程度であった。


 ククレアも今やっていることは何もないそうなので、久しぶりにこうしてくつろぎながら話をしているというわけだ。


「そんなに優秀だったのか?」


「ええ。さすがに私ほどでもレイほどでもないけれど魔術の腕もいいし知識もある。是非とも弟子に迎えたいくらいね」


「いいんじゃないか?」


「卒業したら来てくれないかってジェノム侯爵に伝えといてくれる?」


「ん。わかった」


 ……仕事がなくなると一気に暇だ。


 あんな仕事なくなってしまえと思っていたけれど、いざなくなってみると感じる。


 僕趣味無いね、うん。


 することがないんだわ。


「あ~、暇だ」


「どこか行く? レイ数日休暇取れるんじゃない? 宰相も居ることだし」


「どうなのフィレノア」


 そこら辺の管理はフィレノアにやってもらっているので、暇だという感情を顔前面に押し出しているティニーとは違ってキリッとした表情で立っているフィレノアに質問する。


 フィレノアはどこからともなく手帳のような物を取り出しては、ペラペラとめくって少し考えるそぶりを見せた。


 パタンと音を立てて手帳を閉じ、こちらを見てはサムズアップのポーズだ。


「いいですよ」


「しゃあ!」


 そう喜ぶ僕に対し、食い気味でフィレノアは続ける。


「ただ、宰相様への引き継ぎの件やこちらの事情等ありますので、5日後からとなります」


「わかった。それまでは頑張って仕事をするよ」


 なんとお休みである。


 少し前ならば考えることすら出来なかったお休み。


 このブラックな職務環境も徐々に改善されて行っているというわけだ。






「レイ、どこに行きたい?」


「そうだなぁ、少し疲れをとりたいから温泉とかはどうだ?」


「いい! いいですいいです! 温泉いいね!」


 どうやらククレアは温泉が好きらしい。


 ちなみに、温泉というワードを放ったときにフィレノアの耳がぴくっと動いたことを見逃さなかった。


「ほほ~ん、フィレノアも温泉行きたいのね?」


「へ!? い、いや、そんなことは……」


 急に話題を振られたことに驚き戸惑うフィレノア。


 あまりこういう姿を見ることはないので僕も少し意地悪をしたくなる。


「フィレノア温泉行きたくないのか? ならば留守番を」


「な、なんでそんな意地悪するんですか!」


「にへへ~、あんたもなかなかかわいいところあるのね」


 そう楽しい空気が蔓延する執務室の中、たった1人だけ暗い顔をしている者が居る。


 ティニーだ。


「私4日後から1週間の研修で……」


 Oh……。


 僕はそこら辺よくわからないからあれなのだが、王宮で使えているものは大抵1年ごとに1週間の研修があるらしい。


 普段どれくらい仕事がちゃんと出来ているかチェックするために、新たに導入したシステムなどの指導を行うためなど、様々な理由があるらしい。


「あれ? フィレノアそんなの行ってた?」


「いえ。私はなかなか特殊な立場にいますので。それに何か変更点が生じる際などはすべて私を通してから変更、導入されていきますので、そこら辺は大丈夫です」


 実はフィレノアは王宮の中でも結構特殊な立場にいるらしい。


 メイドとして、秘書として、そして護衛として。


 その他にもいくつかの役職を掛け持ちしている、僕なんかよりもバリバリの仕事人な訳だ。


 そのために、それぞれの研修に毎度参加していれば頻繁に僕の元から離れなければならなくなってしまうらしい。


 1週間離れるくらいならいいが、何週間何ヶ月も離れられるのは困る。


 だからフィレノアが就いているすべての役職においてフィレノアを重要職につけることで研修の義務から外しているらしい。


 そして、相当数役職を掛け持ちしているが故に知識があるフィレノアは王宮内で相当な権力を持っているとか……。


 メイド、騎士団をはじめとした様々な役職、職業の仕組みの変更、新たなシステムの導入に関する書類は一度フィレノアを通しているとか。


 確かに僕が仕事をしている間、時折フィレノアも椅子に座って書類作業をしていた。


 てっきり僕のスケジュールを調整しているのかと思っていたが、どうやら別の仕事をしていたらしい。


「……爵位いる?」


「いらないです」


 即答だ。


 道理で頻繁にいろいろな人からフィレノアに爵位を授与しないのかと言われるわけだ。


 確かにそんなに働いているのなら爵位くらい持っていてもいいかと思うが、本人が嫌がっているのだからいいか。


「むー、フィレノアさんはすごいのですよ。王宮内で働いている大抵の人はすれ違うときにお辞儀をするのです」


「え、貴族も?」


「そうですよ……。それ故に、フィレノアさんから直接教わっている私に対する期待が常に胃をキリキリと刺激するのです」


 メイドたちにもいろいろ苦労があるんだなぁ……。


「ということで、私は忙しいので両陛下は問題等起こさないようにお願いしますね?」


「「……」」


「お願いしますね??」


「「はい……」」


 もしかしたらこの国の最高権力者は僕ではなくてフィレノアなのかもしれない。

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