第15話 研究室
今日も今日とて仕事です。
と言いたいところだが!
……ん?別に言いたくないか。
言いたくないところだが!今日はお仕事おやすみで御座います!やたっ!
どうやら急ピッチで進められていたククレアの研究室が先日完成したらしい。そして、昨日のうちに引っ越しも終えたということなので、今日はそちらの見学にやって来たのだ。
だから書類仕事は無し!うれしい!
「陛下、明日に回されているだけです」
「……うるさい」
明日は明日の風が吹く。明日のことはまた明日の僕にお任せ致すことにするのである。
「あんたらほんとに仲いいわね……。って、そろそろ見える頃よ!」
王宮から離れてるといっても、歩いて5分ほどの距離で、結構すぐ到着するようだ。
木の陰から見えてきたのは、鮮やかな赤レンガで組み立てられた小さな小屋である。
屋根には煙突が仕事を今か今かと待ち望んでいるかのようにそびえたち、小屋の外には小屋の倍、そのさらに倍はあろうかというほどの広大な畑が準備されている。
「おお……」
ククレアに似合わな……、随分とお淑やかなお嬢様がひっそりと暮らしていそうな田舎の小屋といった雰囲気が出ているために、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
その声を聞き、どうも嬉しそうな様相で走り出すと、くるっと振り向いては手を広げて満面の笑みを見せる。
「すごいでしょ!ここが私の研究室よ!」
「ああ。随分立派だな。だが……」
確かに随分立派なのだが、後ろを振り向くと木々の上から我が王宮の姿が望める。
「ちょっと近くないか?」
せっかく馬車で移動するほど広大な王城があるのに、王宮から離れたところに作るといわれていたのに、実情は王宮徒歩5分といった極めて好立地である。
これは大爆発でもしたら王宮にも被害が及ぶのではないだろうか。しかも……
『陛下は王妃殿下のお姿が見える方が良いかと思いまして、執務室寄りに建てさせていただきました』
『そ、そうか。気遣い感謝する』
そうにっこにこの職人と引きつった笑顔を見せる僕の会話が昨日行われたことを思い出す。
おそらく時折我が執務室に魔法が飛んでくることになると考えると、今にも叫び声をあげてしまいそうだが、目の前で嬉しそうに笑うククレアを見ていると我慢できそうな気がする。
「さ、中に行きましょ!」
そういいながら手を取ったククレアに連れられて、僕も小屋の中へと足を踏み入れる。
「随分広いね」
中は思ったより広かった。
外から見れば小さめの小屋かと思ったが、天井が高く、日当たりもいい、加えて今は、“今は”整理されているためなのだろう。
中には大きな机と、ちょうどいいサイズの丸椅子、そしてソファーと机、仮眠用のベッドが置かれている。
中でも特に目を引くのは大きな机で、仮眠用の小さなシングルベッドよりも一回り大きいかといったサイズの机だ。
そして、その机の横、すぐ近くに奥へと続く扉が作られているようで、その奥にはどうやら物置があるらしい。
右も左も棚で覆われ、直射日光に当たらず風通しのいい環境。
物置としては満点クラスの出来だろう。
「ティニー、殿下にご迷惑が掛からないように」
「は、はい!」
嬉しそうに話すククレアから、僕をはさんで反対側では、出るタイミングを逃したのか存在感を無にして隠れていたティニーに喝を入れるフィレノアの姿があった。
そう、これからここで働くのはククレアだけではなく、ティニーもなのだ。
「ティニー、そんなに肩の力を入れなくて大丈夫よ。私は取って食ったりはしないから、気楽にね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
60度、最敬礼である。
拭えない不安を抱えているような表情を見せるものの、これからのわくわく研究ライフへの期待からかそこまで気にしてはいないようだ。
「で、これからの予算なんだけど、ほぼ無制限になるよ」
「ほんと!?」
ソファーに座って話していたが、そのことを聞いて勢いよく立ち上がってはこちらを見て手を取る。
無制限と言ったものの、制限なく無制限なわけではない。
「まあ、購入は週に1度、毎回僕に確認を取るようにしてほしい。これが守れるなら無制限だよ」
「守らせていただきます」
「いい返事だ」
明らかに流れに身を任せているククレアに不満を覚え、「サポートよろしく!」と言った懇願の意味でティニーにアイコンタクトを送るが、ブルブル震えているようで伝わっていない。
あとでそれとなく伝えることにするか。と思っていたらフィレノアがぶっ叩いて震えを解除してからごにょごにょと伝え始めた。
フィレノアは騎士団出身だからなのか、結構暴力的なところがある。
それは後程改善を促すことにする。ティニーあと少し耐えてくれ……。
「まあ、なんかあったら僕に言ってくれ」
「わかったわ。なに?魔術で窓ガラスでも割ればいいかしら?」
「……普通にね?」
「さすがにやらないわよ……」
「……」
「ほんとだから!」
多分1か月くらいは持つと思われる。
ただ、彼女の実験、研究というのは実際にこの国に多大な利益をもたらしているのだから、国王という後ろ盾と、王妃という自身の権力が備わった今、さらなる利益をもたらしてくれるのは確定事項だろう。
国王として、夫としてそんな彼女をもっと支えていかなければならない。
「ちなみに、レイも助手になるのだから、ここで働いてくれるのよね?」
そうだった。
そういえば僕はこれからククレアの助手に就任するのか。
「まあ、書類片付いて時間があれば来るよ。毎日は来れないかもだけど、できるだけ顔は出すさ」
「わかったわ。私1人だけだとできなかったことがたくさんあるから、2人でバシバシやっていきましょうね!」
「もちろんだよ。けど、まず最初はティニーの装備の研究してね」
「ん?なんで……、あ、そういうことね」
そういうことである。
これからはいつ爆発するかもわからない超危険地域にぶち込まれるティニーは、フィレノアと違っていきなりメイドでここにきているため、自衛の手段を持っていない。
突如実験に失敗し、毒ガスや爆発が発生した場合に命が危ういのだ。
「確かにそれは大事ね。最初は手ならしに装備関連の実験をすることにするわ」
その発言を聞き、ティニーも一安心といった表情を見せる。
ククレアが直々に研究して作成した装備を身に着けることになるのだから、命が危険にさらされることは0になったといってもいいだろう。
おそらく突如暗殺者に背後から襲われても傷ひとつつかないのではないだろうか。
さすがにそこまでとはティニーは理解できていないだろうが、ククレアが研究をするというのは、そういう次元のことなのだ。
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