第14話

「なるほどね。孤児院はそんなにもひどかったのか」


「はい。ですから殿下が孤児を救うとの発言をなされたとき、神様が降臨なさったかと思ったものです」


「あはは、神様なんてそんな……」


 確かにあの政策を打ち出した時、孤児院というのは常に経営が厳しく、孤児の待遇もあまりよろしくないということは聞いていた。ただ、実際に孤児の人たちから話を聞いたわけではない。


 こうやって孤児だった者から話を聞いて、外見ではわからないほどに孤児というのは厳しい生活を強いられていたということを理解する。


 彼女にとって僕は暗いどん底に差し出された1つの光だった。


 さすがに大袈裟だと思ったが、彼女の反応を見る限り本当にそう思っていたのだろう。


「今まで辛かったかもだけど、これからはそんなの忘れるくらい忙しい日々だから、覚悟しておいてね」


 こういう時にうまい返事は考えられない。だから少しいたずらっぽく言葉を返した。今の彼女の中にある、僕への神格化というレベルの高い期待を少しでも下げられるように。


「はい。わが身は殿下の為に。身が削れても働かせていただきます」


「あはは、えっと、少しは気を抜いて、気楽にね?」


「承知しました」


(あー、分かってないなコイツ)







 後に、数多の文献に名前を連ねるアインガルド王国の天才国王、レイフォースと、側近であり、剣聖の称号をほしいままにし、レイフォースがククレアと並び、最も信頼を寄せる側近であるフィレノアは、こうして出会ったのだった。

















 深く踏み込み、脇のあたりに狙いを定めて振り上げるように太刀を入れる。


 ただ、その攻撃は当たることはない。僕の攻撃は遅くはないはずだ。ただ、彼女は攻撃の動作が開始し、それを目視で確認して的確にその攻撃を躱してくる。


 常人にはできない行為であり、彼女の強みの一つ。


 しかし、僕はその躱す動作は過去の戦いで幾度となく見てきている。


 彼女が避けるであろう場所に、無詠唱で槍の穂のような形をした岩を飛ばす魔法をあらかじめ放っておいた。


 その数は手、足の指をすべて使っても数えきれないほど。


 そんなロックバレットをできるだけ速度を速く、彼女の視界後方と、頂点あたりから死角を縫うように。


 ただ、彼女は攻撃を避けたのちに180度向きを変え、己の魔剣に魔力を流す。


 彼女の姿が見えなくなるほど、大きく渦を巻き、辺りの砂を巻き上げながら、竜巻のように形を変えた魔剣フェルティアは、叩き落とすように僕のロックバレットを切り捨てる。


 魔力の消費量が激しいのだろう。


 現状、僕から見て彼女は右斜め前方にいる。


 左足に力を入れ、横にスライドするように移動、試合前に片手剣を作成した要領で土魔法を発動し、槍を作り出す。


 その槍は、両端に穂が付いているような特殊な形状をしており、それを目一杯の力で彼女へと向かって投げ、その後に続くように、槍を投げる際に使った身体強化の魔術を足にも掛けて、その出力を最大限にあげて突っ込む。


 ナイフを8つほど作り出し、風魔術と合わせながら軌道を読まれぬように自由自在に動かしながら彼女に向かって放つ。


 先ほど飛ばした槍は、腰をひねらせるようにして躱され、常に彼女の後ろ側に回っている。


 魔剣フェルティアを今度はレイピアのように細く、長く加工して、弱い力で最大限の威力を出しながら8つのナイフを切り捨てる。


 魔力効率の良いフェルティアだからこそできる荒業である。


 フィレノアは髪飾りとして付けているかんざしをサッと取り外すと、それを魔剣フェルティアを持っていない左手に握る。


 そのかんざしは、刃のついた立派な武器へと豹変し、僕の土魔術の片手剣を受け止める。


 片手剣を握っていない反対の手、一瞬の隙をついて左手を一気にフィレノアの胴に当て、風魔術を発動させる。


 フィレノアは一気に後ろへと押しやられていく。


 一瞬見えた彼女の顔は、試合前より“無”であり、まるでそこに感情が無いかのようであった。


 ただ、今はそんなことを気にしてられる余裕はない。


(きたッ!)


 この状況を待っていたのだ。


 先ほど作り出した槍、穂が両端についているのはこの状況を最大限に生かすため。


 先ほど彼女に躱された槍は、密かに発動していた風魔術で方向を変え、いま彼女が下がったあたりに約0,05秒後に到着するだろう。


 これはさすがのフィレノアでも対応できまい。


(やった!初めての勝ちだ!)


「陛下、甘いですよ」


「ッ!?」


 一瞬の油断、それが敗北の要因であった。


 ほんの0.1秒前まで目の前にあった狐耳の戦士はすでにその場から消え、呼吸が首筋に伝わってくるほどの真後ろにいる。


 彼女は獣族というだけあり、僕なんかよりよほど目がいい。


 本気で飛ばした槍、僕の目には形状を目視することができないが、彼女にはそれが分かる。


 あからさますぎた。相手がもし僕のコピーならばコピーではない僕が勝利していたはずだ。


 相手は目の良いフィレノア。両端に穂が付いているのだから、それは怪しまれるのは確実。何でこんな初歩的なことも気が付かなかったのだろうか。


「まあ、戦闘中は後のことが考えられなくなりますから。また気が向いたら、手合わせお願いしますね」


「……ああ。次は負かすぞ」


 気が付けば、僕の首筋には刃が向けられている。


 その瞬間、第2闘技場は歓声に包まれた。誰が見ても今回はレイフォースが勝ったと思った。


 ただ、あくまでそれは我々弱者から見た景色。


 圧倒的な強者は、見える景色がまったくもって異なるのだ。


「どうやって瞬時にここまで来たんだ?まるでワープでもしたかのようだ」


「陛下、戦い相手が本物かどうか、しっかりと確かめないといけないですよ?」


「……は?」


「ロックバレットを落とすとき、私の体は1度陛下から完全に見えなくなったでしょう。その時に、私は戦場から抜け出しました」


「はぁ……、また卑怯なことをするな」


「勝つためですから」


 一瞬見えなくなった時、彼女は得意な身体強化魔術を最大限に活用し、飛ぶように戦場を離脱。


 その後に僕の相手をしていたのは、魔剣フェルティアが形を変えた姿。そのために、彼女の顔は“無”だったのだろう。


 もう少し僕に余裕があれば、また違った結果になっていたのかもしれない。


「はぁ、やっぱりフィレノアには敵わないよ」


 そう呆れたように告げると、口元に手を当て、楽しそうに笑顔を見せた。

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