第9話
「で、これからどうするの?」
「わからん」
「はぁ?わからん!?」
父上と母上に報告してから執務室に2人で戻り、フィレノアが入れたお茶をゆっくりと飲む。
今後、どのように動けばいいのかというのは、正直言ってわからない。
なぜなら結婚など初めての経験だからだ。
そりゃそうだよね。
「まずね、婚約もなしにいきなり結婚っていうのがおかしいのよ。婚約の期間は最低でも1年は必要だわ」
「まったくその通りだ。僕も婚約から行くものだとばかり……」
通常、婚約の期間に相手を見極め、結婚の準備をする。ただ、いきなり結婚となってしまった僕たちにはその猶予がない。
父上と母上の場合、婚約中に母上が王宮に引っ越しを行い、執務の引継ぎ等を行っていた。
それは父上がまだ王太子の時代であるため、この場合の引継ぎは当時の王妃、つまり伯母上からの執務引継ぎということになる。
ただ、今回のククレアの件に関しては、結婚相手であるレイフォース、つまり僕はすでに王位についている。
王妃がいない状態での王位継承は、この王国建国以来初めてのことのために、すべてのことにおいて前例がない。
現状母上の仕事はそのまま僕に引き継がれており、それが仕事の多い理由にもなっている。
「いやよ。私は執務をしたくない」
「ですよね~……」
王妃になるのだから、母上が行っていた執務をそのまま引き継いでもらおうと思っていたのだが、彼女はそんなことをやらないとは思っていた。
研究ばかりをしているのだから、王妃の仕事に時間を割きたくはないだろう。
「書類系の仕事はそこまでしなくてもいい。そこはできるだけ僕がやる。でもね、パーティーとか、茶会とかそう言ったものはやってくれないと困るんだ」
おそらくこうなることはわかっていたはずだ。
問題児とはいえど、彼女もアインガルド王国の侯爵令嬢なのだから。
ただ、拒否反応を隠すこともせずに顔を向けるククレアである。こちらの要望を無理に受け入れてもらったということもあるため、無理やりとは言いにくい。
「……どうしたものか」
思わず頭を抱えてしまう。
今後の展開が不安しかない。
もしここでククレアが社交界に顔を出さないようであれば、出来損ないの王妃などというレッテルを張られてしまうかもしれない。
夫として、何より友達としてそれは嫌だ。自分のせいで彼女が不幸になってしまうのは避けたいのだ。
そう悩んでいると、なにやら不満そうな顔でククレアがじっと見つめてきているのに気が付いた。
顔を上げ、正面から顔を見ると、少し頬を赤く染めてもじもじとしている。
なにかいうのをためらっているかのように。
「ん?トイレか?」
「ち、違うわよ!馬鹿ッ!」
「レイフォース様!さすがにそれはないかと!!」
「へ!?は、すまん!」
そういえばトイレに行ってないなと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしく、女性陣2人から一気にバッシングを受けた。
確かにデリカシーはなかったなと思う。
「はぁ……、私が悩んでいたのがバカみたい」
そう呆れた表情でつぶやくと、大きく息をついて真面目な顔でこちらを見る。
「……あのねレイ、確かに突然のことで、2人ともの恋愛感情があって成立した結婚というわけではないわ。政略結婚とはまた違う。特殊な事例だと思う。
ほとんどの貴族は政略結婚で、顔も見たことない者同士で結婚する。そういう点で見れば、友人同士の結婚である私たちは幸せなのよ」
今までのけだるげな口調から一転、一気に頼りがいのあるしっかりとした口調になる。
それにより、緩んでいた場の雰囲気が一気に締められる。
「私はこんな感じで、あまり立派とは言えないかもしれない。
ただ、侯爵令嬢として、1人の女性として、妻の為すべきことというのはわかっているつもりよ。
……夫婦というのは支え合うもの。未熟者同士で足りないものを補い合っていくものなのよ。それはあなたもわかっているでしょう?」
普段の言動からは感じることのできない気迫に流されるかのように見えるかもしれない。ただ、自身の意志をしっかりと混ぜて強く、深く頷く。
「確かに社交は好きじゃない。書類仕事は神に見放されたかのような絶望具合よ。正直に言って私は義母様がやっていたようなことは何にもできないわ。でもね、だからといって私は何もしない、王妃という立場に甘えるような性根の腐ったクズではない。
どんなにやってもできないことだとしても、私はあきらめずに本気でやるわ。
辛いことがあったら自身の力で乗り越えてきた。いくらダメな令嬢だといわれても平気なふりをしながら必死に耐えてここまでやって来た」
僕は知っている。
侯爵家唯一の汚点と罵られながらも平気な顔をして自身を貫き通すククレアが、密かに涙をこぼしていたことを。
……4年前、1人森の奥で、胸元にナイフを突き刺して倒れていたのを助けたのは紛れもないこの僕だ。
その時は相当怒られたっけな。「なんで私を死なせてくれないのか」とかね。
彼女はただ好きなことを好きなようにやっているだけ。ただ、それはやるべきことをしっかりと行って上でなのだ。貴族の教育だってしっかりと受けている。ただ、それを公で披露するのが苦手であるだけ。そう、僕のように。
僕はハリボテながらもなんとかやって来た。まだマシだった。周りの人の見様見真似で乗り越えてきた。
ただ、ククレアはそれが通用しないほどにダメだった。必死に必死に努力してもまったくもって成長が見られなかった。
彼女の持つ、履きなれない白いハイヒールのかかと付近は、彼女の血によって真っ赤に染められてるものが複数ある。
でも、諦めずにここまでやって来た。
今では王国になくてはならないほどの魔法の腕、研究者としての優秀さ。
世間の共通認識であった“問題児”ということを吹っ飛ばすくらいの功績を上げていた。
でも、そんな彼女もまだ14歳の幼き少女で、僕の大事なたった1人の友。
僕はそんな彼女を問題児だと思ったことは一度もなかった。心の底から尊敬の念を抱くほどであった。
「レイフォース、私は友として貴方を近くで見ていたわ。王位を継ぎたくないことだって知っていた。
私が言えたもんじゃないけどね、正直貴方はおかしいわ。この国で最も強い権力を手に入れられるというのに、それを嫌がるのだから。何でも好き勝手にできるのよ?それって最高なことよ。
でも、貴方は優しいから王子の頃から権力を振りかざすことなんてなかったね。
もし貴方が権力を振りかざして他人に悪さをするような人間だったら、私は結婚なんてしなかったわ。あの場で命を絶っていたかもしれない。
少しは人を頼るということを覚えなさい。
昔から何でも1人でできていたから、頼るというのはまだ慣れていないかもしれない。でも、これからは互いに互いを預け合う関係になるの。
私はまだまだ未熟で、足手まといになりかもしれない。
不束者ですが、これからよろしくお願いしますね。旦那様」
言葉が出ない。
笑顔の彼女を見たのは久しぶりかもしれない。
ただ、その笑顔を見た瞬間に先ほどまでの悩みは吹き飛んで行った。
何とばかばかしいことで悩んでいたのだろうか。ついさっきのことなのに、思い出すだけで笑ってしまいそうだ。
彼女の苦手なことは僕がカバーして、僕が苦手なことは彼女がカバーする。
小さい頃からやって来たことだったのに、僕は何を悩んでいたのだろうか。
僕たちは昔から世界で一番のコンビだったのだ。
一時解散したそのコンビを、時を経てまた復活させただけの話。何の問題もない。
「ああ、こちらこそよろしく」
そういって華奢な体を優しく抱きしめる。
視界の端にしか映っていないが、ククレアの耳は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっているのが分かる。
この小さな体で今までどれほどの錘を背負っていたのだろうか。
きっと僕が背負っていたものと同等。いや、それ以上だろう。
この国を守れるように。すべての民を幸せにできるように。
そしてなにより、愛する者を守るために己の命を捧げていこう。
そう強く心に誓いながら、小刻みに震える彼女にそっと口づけをした。
「私、ベッドメイクでもしてきましょうか?」
雰囲気をぶち壊すようにぶっこんでくるフィレノアに、2人で本気のにらみを向けた。
ただ、放すタイミングを完全に見失っていた僕からすれば、一瞬救世主のように見えた。
「フィレノア、初夜を迎えるのは結婚式の後よ」
「はッ!そうでした!私としたことが、大変申し訳ございません!」
「はぁ……、ククレア、そういうことではないと思うのだが……」
顔に熱がこもっていくのが分かる。
ククレアとフィレノアは相性がいいのかもしれないと、多少安心したのは秘密だ。
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