第8話

「あ、レイ久しぶり」


「で、なんでだ?」


「ん?なにがです?」


「どうしてぶっ飛んできたのか聞いているんだよッ!!」


 突然飛んできては僕の執務室を破壊したククレアは、何もなかったかのように澄ました顔でこちらを見ている。


「お前なぁ、もうちょっと安全に配慮してくれよ」


「別に私だってやろうと思ってやったわけじゃないのよ?」


「ならどうしてだ?」


「私、領地に用があって出向いていたの。で、帰ってくるために早く走り回ったら離陸した」


「……」


「わかった?」


「わからねぇよッ!」


「あだッ!」


 反省の色を見せず、意味の分からないことを抜かすククレアに、拳骨を一発食らわせてやった。














「まあいい。とりあえずそこに座ってくれるか?」


「いいわ」


 拳骨に対してぶつぶつと不服そうにつぶやいていたククレアは、「まあいいや」と言わんばかりにササッと立ち上がると、体に着いた元壁のかけらを払い落としてはてくてくと歩き出した。


 まずは壊した壁を直さねばちゃんと話ができないと思い、魔法を使って壁を治そうと手を向ける。


 この国王、魔法が優秀である。


 ただ、そこに手を向けた時には先ほどまであったはずの穴は存在していなかった。


「あ、壁なら直したわ。ごめんなさいね、壊してしまって」


 このおてんば令嬢、魔法が優秀である。


 それもかなりのもので、レイフォースと並ぶ、いや、それ以上である。


 レイフォースが壁から目線を外した一瞬のタイミングで彼女は修復を終えてしまっていたのだ。


 ククレアは雑ながらも、最低限の貴族らしい動きを見せながら深く腰を掛ける。


 それに続くように、レイフォースも机をはさんだ反対側のソファーに腰を掛ける。


 フィレノアは先ほどの爆発音を聞いて駆けつけてきた騎士や関係者の対応をするために、一度部屋の外に出ているが、すぐに戻ってきて2人のお茶を準備しては入り口付近へと戻っていった。


「で、まずどうして飛んできたか聞いてもいいか?」


「ええ」


 彼女の説明はこうだ。


 用事があって領地に出向いた彼女は、最近練習している加速の魔法を使って早く王都に帰ろうとした。


 どうやらすでに馬車より速い速度で移動できるほどには練習を重ねていたらしい。


 オブレインゲルド侯爵領と王都を結ぶ街道は、ほぼ直線に結ばれている。


 そのため、いい練習場になると魔法を重ね掛けしながら王都に向かって走っていたところ、当然ながらその速度は徐々に上がっていき、ほんの少し上向きの坂に差し掛かったタイミングで空へと浮き始めたそうだ。


「で、ぶつかったと」


「そうよ。もしここにあなたの執務室がなければ私はこのままどこかへと吹っ飛んで行っていたところだったわ。ありがとう」


「なんだそれ……」


 あまりのばかばかしい話に、思わず机に突っ伏してしまう。


「まあいい。けが人は出なかったわけだし、壁は魔法で戻ったのだからね。今回のことはお咎めなしとしよう。次からは気をつけろよ?」


「さすがに2度も同じことはしないわ。私も飛び始めた時はびっくりしたのよ?それよりも、さすがはレイね。先代の国王陛下ならこっぴどく怒っただろうに」


「はぁ、僕も怒りたいところなんだけど、ちょうどククレアに話があってね。そうだね、この話の返答次第では先ほどの話は撤回するとしよう」


「そう。話を聞かせてくれる?」


「単刀直入に言う。結婚してくれ」


「ぶッ!!」














「ど、どうして突然結婚なのよ。私は何も聞かされていないわ」


 明らかに動揺を隠せていないククレアに対して、父上からの指示と、ククレアにこの話をした経緯を説明した。


 すると、どうやら共感する点があったらしく、少し落ち込んだ様子で話し出した。


「はぁ、あなたも大変ね。確かに王になったのだから結婚はしないとならないものね。逆にここまで婚約も何もしていなかったのが驚きよ」


「王位は継がないつもりだったし、誰とも結婚する気にはなれなかったんだ。そう、僕にはククレアしかいない!ほら、この通り!」


 そういいながら、レイフォースはククレアに向けて両手を合わせる。


「そうねぇ……、私まだ研究をしていたいのよ。魔法だってもっと上達したい。別の人をあたってくれるかしら」


「そういえば、ククレアの研究費用を増やそうという案を提出しようと思っていたんだよなぁ……」


「む?……なによ?」


「いや、そういえばと思ってな。関係ないことを話してごめん、忘れてくれ」


 ククレアの魔法研究はこの王国にとって非常に利益をもたらしてくれる。


 そのために、おそらくレイフォースが案を提出しなくても費用増額はあり得るだろう。


 ただ、王宮内の事情にあまり詳しくないククレアは、そんなことは知らない。


「……私は結婚しないわ。まだのびのび研究をしていたいもの」


「そういえばククレア、前に僕を助手にしたいって言ってなかったっけ?それはまだ思っているの?」


 次にそういうと、明らかに興味を持ったようにレイフォースをちらっと見て目を輝かせるが、すぐに通常に戻した。


「……そりゃあレイほどの優秀な魔法使いは探しても見つからないから。助手にはしたいわよ」


「あ~あ、僕、お嫁さんからの頼み事は断れそうにないや」


「……」


(いいぞいいぞ!明らかに興味を持ってきている!これはあと一押しで!)


「そういえば最近ドラゴンの魔石が献上されてきたな。誰に研究を任せようか……」


「―――やるわ」


「ええ?なんだって?」


「私がやるって言ったのよ!いいわ!結婚してやろうじゃない!」


「よしきたッ!」


「もう、あんたもなかなか意地が悪いわね。まあ私も父上が結婚しろしろうるさかったからちょうどよかったかもね。私レイ以外に知り合いいないし」


 ククレアは小さい頃から自室にこもっては研究ばかりしていた。


 そのため、社交の場にはほとんど顔を見せることはなく、それでいて問題ばかり起こしながら自由気ままに動き回る。


 そんな娘を早く嫁に出したいと思う現侯爵気持ちはよくわかる。


 ただ、魔法が一流故に、いま彼女から研究の場を奪ってしまった場合の王国の損失を考え、侯爵は無理くりに婚約させられなかったのだろう。


 おそらく見合いの話は膨大な量来ていたのだろう。


 ククレアも結婚する気はなかったらしく、すべての話を断っていたということだから助かった。


 ククレアがダメならフィレノアに無理やり爵位を渡そうかとか考えていたのだから。














「ということで父上、母上、ククレアと結婚することにしました」


 早速ククレアを連れて両親の元へ向かうと、2人は顔を見合わせて「やっぱりか」というような顔を見せた。


「やはりククレアなのだな。侯爵令嬢の為に身分も問題ない。若いながらも魔法研究においての功績は目を見張るものがある。ただ、少し懸念が……」


 父上の懸念していることはよくわかる。


 ほんとにククレアに王妃が務まるのか、ということだろう。


「父上、おそらく父上の懸念材料はすぐに解決するかと思われます。フィレノアに教育させますから」


「おお、フィレノアにか!なら大丈夫だな!」


「フィーちゃんになら任せられるわ」


 父上と母上は、フィレノアを極めて信頼している。


 両親ともにレイフォースのおっちょこちょいな性格は知っているが、フィレノアがそれを見事にカバーするため、最近ではそこまで心配していないらしい。


 それが王位継承の決め手になったというのを聞くのはまだ数年先なのだが……。


 まあ、そういうこともあり、フィレノアが付いているのなら大丈夫だろうということで、レイフォースとククレアの婚約及び結婚は正式に認められた。


 なお、2人の年齢もあり婚約発表はすっ飛ばしてすぐに結婚の発表を行う。


 2人は今14歳で、この国では、貴族の場合通常10歳ごろまでに婚約者を決め、14歳に結婚する。


 2人もいまが結婚の適齢期なのだ。


 父上、母上のいざこざを避けるために早く結婚させたいという思いもあったのだろうが……。


 ちなみにククレアの父は、「陛下、ほんとにこのバカ娘をもらっていただけるのですか!ありがたき幸せ!はぁ!ようやくこれでわしも仕事に専念できる……」と大喜びであった。

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