第7話

 楽しかったパーティーも何事もなく終わり、いつものように仕事をしているレイフォースに、父上からの呼び出しがかかった。


「あれ?何かやらかした?」


 そうびくびくしながらも向かった父上の執務室には、大きなソファーに腰を掛けた父上、母上の姿があった。


 促されて目の前にあるソファーに腰を掛け、2人に向かい合うと、発せられた言葉は思っていたものと180度違うものであった。


「レイフォースよ、結婚しなさい」


「ぶッ!!」



















「ちょ、け、結婚ですか??」


「そうだ。お前も今やこの国を背負う国王となった。お前はずっと前から『王位は継がない。だから妃もいらない』と口癖のように言ってきていたな」


 別に口癖のようには言っていないと思うけど……


「はい。私は王位を継ぐつもりはありませんでしたので」


「ただ、今は王位を継いでいる」


 なにが「王位を継いでいる」だ、お前が無理やり継がせたんじゃろがいッ!


 そう口から出そうになった不敬な言葉を喉元でストップさせ、怒りを隠すかのような優しい笑顔を投げかける。


「これを見ろ」


「なんでしょうか?」


 父上がそういうと、控えていた執事に持ってこさせた分厚い書類の束を差し出した。


「お前に届いた見合い話だ」


「……」


 ちらりと横に目をやると、まだ同じような書類の束を山ほど抱えた執事が指示を待っていた。


 いや、これは指示を待っているのではない。


 私に圧をかけるためにそこに立っていろという指示を実行に移しているのだろう。


 後ろには騎士が道をふさぐようにドアの前に立っている。


(こりゃ逃げられないか……)


「はぁ……」


 あまりのことに、深めのため息を吐いて頭を押さえる。


「……少し、考えさせていただいてもよろしいでしょうか」


「良い。別にここにあるものでなくてもよい。お前の人生だ。お前が決めろ」


 去り際、「ただ、できるだけ早くな」という言葉に返事をせず、急ぎ足でその場を後にした。

















「で、こうなっているわけですか……」


「フィー、助けてよ~!」


「助けてと言われましても、私にはどうすることもできません」


「そうだ!フィーが僕と結婚してよ!」


「……はぁ。それはできません。私は平民ですから。平民が王家に嫁入りしたなんてことは聞いたこともありません」


「別に気にしないんだけど、わかってたけど、やっぱりそういうわけにはいかないよね」


 ちなみに、レイフォースは人間族で、フィレノアは獣族だ。


 獣族は動物のような耳や尻尾を持っている者が多いが、例えば猫獣族だとして、その耳はネコ科の動物からの進化の過程で残ったものというわけではない。


 猫獣族とネコ科の動物はまったくもって異なる。


 元を辿れば獣族と人間族は同じで、獣族は人間族から分離した。逆の可能性もあり得る。


 故に、両種の間に子をなすことは可能であり、実際に子を授かっている例も存在する。


 そのためにこの場合、2人の身体的なことが問題となるわけではなく、身分の差が最も大きな問題である。


 基本、この国での結婚は身分差1までだ。ただ、これはあくまでも慣習的なものであり、そこまで厳しく決められている訳でもない。


 ただ、それでも身分差2までが普通だ。


 そうなると、公爵と侯爵はここでは同じ身分とみなし、レイフォースは王族のため、公爵、侯爵、伯爵と結婚が可能と考えるべきだ。


 フィレノアは平民だ。そのため、騎士爵、男爵までと結婚するのが普通と言えるだろう。


 無論、相当な恋愛を経て、両家認めた上での婚姻となるならば例外である。


 ただ、両方に恋愛感情のないこの場合は、その例外には当てはまらないし、父上、母上も頷くまい。


「別にほかに心当たりがないわけではないんだけど、あいつが頷いてくれるかが微妙なところだ」


「王族からの求婚を断る者などいないでしょう」


「……それがいるんだよねぇ……。僕のたった一人の心からの友だ」


 レイフォースは王族という立場故、本気で友と呼べるようなものはそれこそ心当たりのある彼女を除いて存在しない。


 フィレノアとは当人間では友達という認識でもあながち間違いでもないが、それより前にやってくるのは主従関係だ。


「あいつ普段からどこかに出歩いているから、連絡を取るのですら一苦労なんだよ……」


「そうなんですね」


 その心当たりのある彼女は、あまりにも好き勝手で、侯爵令嬢なのにもかかわらず自由奔放な性格のいわば問題児だ。


 ただ、魔法の腕は正直言ってレイフォースより上で、正真正銘の天才だ。


 ただ、問題児なのだ。


「正直あいつがを頷かせる方法はないわけではない。知らないやつと結婚するよりはまだまし、かぁ……。仕方ないな」


 レイフォースは覚悟を決め、溜息を吐きながらも立ち上がる。


「あいつは呼んでもよっぽどのことがない限り来ないだろうし、僕が直接出向くしかない。」


 そう呟きながら扉の方へ向かおうとすると、遠くの方から悲鳴のようなものが近づいてきた。


 そして、その悲鳴は徐々に近くなっていき、最高潮に達した頃、ドスンッ!という大きな揺れと音を引き連れ、窓を突き破るようにこの執務室に飛び込んできたのは、この国であまり見ることのない、オレンジ色の美しい髪をした一人の少女であった。


 あまりの出来事に、頭を抱えるが、すぐにレイフォースは溜め息を吐きながらもその重そうな口を開いた。


「はぁ……、呼ぶ手間が省けて助かったよ。久しぶりだ、ククレア・オブレインゲルド」

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