第10話 結婚式

 1か月後、突如として公表された国王の結婚は王国内に瞬く間に広まり、国内はお祝いムードに包まれている。


 ただ、王妃の立場を狙っていた一部の貴族からは不満の声が漏れていた。なんて言ったって、その結婚相手が社交界にほぼ顔も出さないオブレインゲルド侯爵家の令嬢、ククレア・オブレインゲルドであったからだ。


 以前より仲が良いとのうわさがあったが、まさか結婚相手に選ぶとは思っていなかったらしい。


 優れた魔法の使い手で、研究に没頭したいからとあらゆる見合い話を蹴り飛ばしてきていたのだから、彼女が王妃という立場に着くとは考えもつかなかった。


 この国の貴族たちの中に、ククレアを実際に見たことのある人は少ないのだ。


 ただ、相当な美人であるという情報は入ってきているために、一目見るのを楽しみにしている。


 あれほどまでに見合い話を蹴っていた王と結婚する者。





「明日はついに結婚式ね。たのしみだわ」


「……そうだな」


 ここに来るまでの日々は目が眩むほどに速かった。


 正直僕自身が無知すぎて、周りの人に対応を任せたのが良くなかったのだろう。


 ククレアは王宮に住むことになった。


 これさえ聞けば王妃なのだから当たり前だと思うだろう。


 ただ、その部屋がおかしいのだ。


「まさか、ククレアが僕の部屋に住むなんて……」


「別にいいんじゃない?夫婦なんだし」


「……」








 ククレアの研究室は新たに作られることになった。


 彼女は時々研究に失敗し、建物を爆発させてしまうことがある。


 そんな危険に満ち溢れている研究室を王宮の内部に作るわけにもいかず、場所は王城内、王宮から少し離れたところに設置されることになった。


 王宮から離れているために、彼女はめんどくさがるだろうと思っていたのだが、このことを伝えた時に帰って来た反応は思っていたものとはだいぶ異なっていた。


「森の中!?ありがとう!最高の立地よ!!」


 大喜びであった。


 なぜかと理由を問うと、森の中ならば、一部を開拓して研究に必要な植物を育てることができるかららしい。


 それに、毒ガスが発生したときに垂れ流しても苦情が来ないから良いとか、叫んでも怒られないとか……


「ちょっと、何を研究しようとしてるんだ……」


「いやぁ~、今までは街の中だったから遠慮していたんだけどね、森の中なら大丈夫だよね?」


 そううれしそうな顔でこっちを見ているが、森の中と言えども、一応は王城の中でもあるということを忘れないでほしいものだ。


 ただ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうにしている姿を見ると、Noということはできない。


 何かあってもその時に考えればいいのだ。彼女はこうやって事由に好き勝手やっているときが一番魅力的なのだから。


 そんなこんなで紆余曲折在りながらも、ついに今日は結婚式当日だ。












「フィレノア、ククレアの方の準備はどうなっている?」


「はい。万全な状態で待機しております」


 ククレアのことに関しては、同じ女性であった方が良いのではないかということで、フィレノアにすべてを任せることにした。


 お金は自由に使っても良いと言っており、さすがに国庫から引き出すのは抵抗があった為に、すべて僕の私財で購入してもらっている。


 妻の為ならいくらお金が飛んだところで気にはしない。それに、経済を回すという点でもちょうどいいだろうと思っている。


 女性の衣装は何かとお金がかかると聞いていたために、ごっそりとお金が減るものだと思っていたし、それは必要なことだと思っていた。


 ただ、ククレアは「いいわよそんなの。お金がもったいないわ」と言ってあまりお金を使おうとはしない。


 それはそれで他者から見れば僕がククレアに無理をさせているようで嫌だったために、何とか説得してそれなりに上等なものをフィレノアに頼んだ。……本人は嫌そうであったが。


「こんな布切れがなんでこんな値段なのよ。これ買うより魔石を買ったほうがよっぽどいいわ!それに、平民街に行けばもっと安くいいのが買えるのよ!」


 彼女は小さい頃からよく、平民街に遊びに行っていた。


 その影響もあり、お金をそんなに使わないのだ。


 そして何より、平民街の物価を知っているために、貴族向けの商品が高すぎて嫌になるらしい。


 彼女とて立派な貴族なのだから、と思うのだが、確かに自分も平民街にお忍びでよく訪れていたために、その気持ちがわからないことはない。







 正装に着替えを済ませ、会場である大聖堂の奥の部屋で静かにその時を待っていると、扉が3回叩かれた。


「陛下、王妃殿下をお連れいたしました」


「うむ。入れ」


 フィレノアがククレアを連れてやってきたのだ。


 ゆっくりと開いた扉の向こうには、真っ白い衣装に身を包み、豪華ながらも派手ではないアクセサリーを身にまとったククレアが立っていた。


「ッ!?」


 あまりの美しさに、思わず言葉に詰まる。


「なによ?変だった?」


「あ、いや、変じゃないよ」


「……やっぱり緊張するわね。人前は慣れないの」


「そうだね。僕もあまり得意ではないよ。まあ、気楽にやっていこう」


 そういって静かにソファーに腰を掛け、いつものフィレノアの紅茶を飲むと、一気に気持ちが落ち着いていく。





「両陛下、そろそろこちらにお願いいたします」


 遠くの方から僕たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


 お互い目を見て小さく頷くと、ゆっくりとした足取りで会場へと進んでいった。





















「お2人とも、お疲れ様です」


 ようやく一連の流れがひと段落して、これから2人で住むことになる部屋のソファーで夫婦そろってぐったりしていると、フィレノアが声をかけてきた。


「ありがとう。本当に疲れたよ。フィレノアも準備の手伝いありがとね」


「私はこれが仕事ですから」


「フィレノアったら私を着せ替え人形か何かだと勘違いしているのではないかしら?」


 そうククレアが問うと、微笑を浮かべながらも言葉を発することはなかった。


 ただ、そこそこ長い付き合いの僕からすれば、それは図星をつかれて返す言葉に戸惑っている姿だということが一目瞭然だ。


「まあよかったよ。しっかりと成功して」


「ほんとね。でも、あの誓いのキスとやらは公開処刑じゃない?」


「同感だ。ありゃ酷いもんだと思うよ」


「「はぁ……」」


 随分と羞恥心をえぐられるような式であった。


 まあ結婚式とはそういうものだと割り切るしかないし、終わった今では達成感に包まれているのだ。


「ご歓談のところ恐れ入りますが、早いこと入浴等を済ませてくださいますようお願いいたします。なんて言ったって、本日は“初夜”ですからね」


「そうだった。忘れていたわ!」


 日は暮れているというのに、ククレアは慌ただしく動き始めた。


 そしてそれに振り回されながらも、自らも楽しそうに仕事をしているフィレノア。


 そんな2人を眺めながらも、結婚式をはるかに超える緊張により、額に汗を浮かべるレイフォースであった。


「これから毎日こんな感じなのかな……」


 おそらくすごく大変だ。


 だが、すごく楽しみだ。

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