第5話

 映画の上映は、講堂棟の小ホールを借りて行うことになった。午後三時から五時までの使用許可をもらう。


 映画の尺は四分三十七秒だった。それを十五分に一回、計八回上映することにした。


 なぎさ亮太りょうたは、どちらも友達と文化祭を見て回る約束があり、手伝いには来なかった。


 といっても、当日の作業といえばパソコンにつないだプロジェクターを操作するだけだから、遙人はるとひとりでも何の問題もない。


 ほとんど宣伝もしていなかったから、初回は四人しか客がいなかった。


 しかし、客の反応はかなりよかった。みんなオープニングからじっと真剣に見入ってくれていたし、ギャグを入れたシーンでは素直に笑ってくれた。ラストシーンの思いがけないオチでは、おおっ、と声が上がる。


 映画が終わると、ぱらぱらと拍手まで起きた。


 その初回の客が宣伝してくれたのか、四回目の上映あたりから、少しずつ客が増えてきた。


 映画が面白いというだけでなく、渚と亮太が主演だったせいもあるだろう。学校で人気のあるふたりが恋人役で出演しているのだから、見てみたいと思う生徒が大勢いても不思議ではなかった。


 思いもよらない盛況に、遙人は満足した。しかし、それほど浮き立った気持ちにならなかったのは、後夜祭のことが頭から離れなかったせいだ。


 今まで、遙人は渚のことを仲の良い後輩としか思っていなかった。


 だが、本当は、恋愛感情を持たないように、無意識のうちに自分の気持ちを抑えていただけなのかもしれない。


 それが、渚と亮太が付き合うかもしれないという状況になって、とうとう本心に気づいてしまった。


(そうか、おれは渚のことを……)


 考えれば考えるほど、胸のうちに後悔がひろがる。


「おーい、ハルくん」


 ふいに声をかけられて、遙人ははっと我にかえった。目の前には、笑顔の亮太が立っていた。


「遅くなってごめん。まだ最終回は終わってないよね?」

「あ……うん。これから最後の上映をやるよ」

「よかった。それじゃ、また後で」


 亮太は友人たちの待つ席に戻っていった。


(……でも、リョウちゃんなら仕方ないか)


 不思議と亮太を恨むような気持ちは起きなかった。


 遙人は気を取り直すと、最後の上映を始めることにした。五十人まで入れる小ホールは満席に近い。


 客の反応はこれまでで一番良かった。亮太がスクリーンに登場したとき、仲間たちから冷やかす声があがったが、それ以外ではみんな映画の世界に入りこんでくれているようだった。映画が終わったときには、大きな歓声があがる。


 部屋が明るくなると、すぐに亮太が飛んできた。


「ハルくん、めちゃくちゃ良かったよ。こんないい映画に出られて、本当に嬉しいな」


 亮太は遙人に抱きついて喜んでくれる。


「ありがとう。リョウちゃんが出てくれたおかげだよ」


 遙人も素直に嬉しかった。


 そこで亮太の仲間たちがやってきた。


「おーい、亮太、もう行こうぜ」

「悪いけど、先に行っといてくれよ」


 仲間たちが出ていき、他の客も全員いなくなり、小ホールは静まり返った。


「ところでさ、ハルくんにもうひとつ話があるんだ」

「なに?」

「渚ちゃんのこと」

「…………」


 亮太がなにを言うつもりなのかと、遙人は少し身がまえた。


「実はさ、渚ちゃんを後夜祭に誘った話なんだけど、結局、断られちゃったよ」

「え?」

「昨日、電話があったんだ。ああいうイベントは苦手だから、やっぱり行けません、って」

「…………」

「まあ、きっとそれは口実で、本当の理由はべつにあるんだろうけどね」


 振られたわりに、亮太はちっとも残念そうじゃなかった。


 遙人は亮太の気持ちが読めず、戸惑った。


「ハルくん、この後どうするの?」

「ここを片付けた後、帰るつもりだけど……」

「そのまえに、部室に寄ってみたら?」

「どうして?」

「もしかしたら、ハルくんを待ってる人がいるかもしれないよ」

「それって……」

「今ならさ、お互いに素直な気持ちを伝えられるんじゃないかな」


 亮太はいたずらっぽく笑って言った。


「リョウちゃん……」

「それじゃあ、またね。バイバイ」


 亮太が出ていった後、遙人はぼんやりと後片づけをした。


(リョウちゃん、もしかして最初からそのつもりだったのかな)


 亮太がいなければ、遙人は自分の気持ちを抑え込んだまま、卒業を迎えていただろう。


 遙人は荷物をまとめて小ホールを出た後、少しためらいながら部室に向かった。


 もう辺りは暗くなっているのに、部室の明かりはついていなかった。


(そうだよな、やっぱり渚が待ってるわけないよな……)


 そう思いながらドアを開け、明かりを点けると、ソファで横になっていた人影がむっくりと起き上がった。


「あ、お帰りー」


 笑顔で振り返ったのは渚だった。


「こんなところでなにしてるんだよ」

「先輩を待ってたんだよ。映画見せてもらおうと思って」

「だったら小ホールまで来いよ」

「いや、だって恥ずかしいじゃん。自分が出てる映画をみんなで見るなんて」

「ま、そりゃそうか」


 渚と話をしながら、遙人は気持ちが安らぐのを感じた。


(だけど、今日はそれだけじゃダメなんだ)


 遙人は部室のなにもない壁をスクリーン代わりにして、プロジェクターを設置した。


 そして、渚の隣りに座ってから、思いきって切りだす。


「……なあ、映画を見た後、何か予定があるのか?」

「べつに、ないけど」

「だったらさ……」


 遙人は緊張でどっと汗がふきだすのを感じながら、


「お、俺と……」

「なに?」

「後夜祭のイルミネーションを見に行かないか?」

「…………」


 遙人は息をのんで、渚の返事を待った。

 しばらくして、渚は微笑んで遙人を見た。


「……べつにいいけど、その後、一緒にラーメン食べに行ってくれる?」

「ラーメン?」

「まえから気になってる店があったんだけど、女子ひとりじゃ入りにくくて」


 それが渚らしい照れ隠しだということに、遙人はすぐ気づいた。


「いいよ、一緒に行こう」

「やったね」


 渚は嬉しそうに言うと、遙人の腕にぎゅっと抱きついてきた。

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映画と恋と後輩と わかば あき @a-wakaba22

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