第4話

 その後、二回目、三回目の撮影も無事に終わった。あとは映像データを遙人はるとが編集して、ショート・ムービーに仕上げるだけだ。


 遙人は放課後になるとすぐに部室へ行って、作業にとりかかった。


「私にできることがあったら、何でも言ってね」


 なぎさはそう言って、毎日部室に顔を出した。


 そして、亮太りょうたもまた、よく部室へ来るようになった。


「また遊びにきたよ」


 すっかり遠慮のなくなった亮太は、いつも渚の隣りに座って一緒に映画を見ていた。


 遙人は編集作業で忙しく、ふたりの相手をしている暇はなかった。だが、ふたりはそのことをあまり気にしていないようだった。


 というよりも、遙人のことなどそっちのけで、ふたりきりで楽しんでいるように見える。


(……なんだか、おれが邪魔者みたいだな)


 ふと作業の手を休めて、そんなふうに思うこともあった。


 これまで、部室は遙人にとって我が家のようにくつろげる場所だった。それなのに、今では居心地の悪ささえ感じるようになっている。


 編集作業は順調に進んだが、遙人の気持ちは晴れなかった。


 そして、いよいよ明後日が文化祭という日になったときのことだ。


 いつものように、放課後になると遙人はすぐに部室に行った。


 ほとんど完成した映像の、最後のチェックをしていると、亮太がやってきた。


「ハルくん、映画はどんな感じ?」

「明日までには仕上がりそうだよ」

「そっか、よかった。楽しみだな」


 亮太は笑顔で言うと、椅子をひきよせて遙人の隣りに座り、


「ところでさ、後夜祭はどうするの?」


 と聞いてきた。


「え? ……いや、どうもしないけど」


 遙人は戸惑いながら答えた。


「渚ちゃんとイルミネーション見に行かないの?」

「行くわけないだろ、そんなの」


 後夜祭では、校舎の中庭がイルミネーションで美しく飾られる。そして、付き合っているカップルは、ふたりきりでイルミネーションを見に行くというのが、学校の伝統になっていた。


「だったらさ、おれが渚ちゃんを誘ってもいい?」


 亮太がにっと笑って言った。


 それを聞いても遙人は驚かなかった。きっとそうなるにちがいない、と心のどこかで覚悟していたことだ。


「……好きにすればいいじゃん。おれには関係ないし」


 精一杯平気な顔をして、遙人は答えた。


「そっか。よかった」


 ちょうどそのとき、部室のドアが開いて渚が入ってきた。


「どう、作業は進んでる?」


 いつものように元気に言いながら、渚がパソコンの画面を覗き込んでくる。


「ああ、順調だよ」


 遙人は少しこわばった声で答えた。


「どうかしたの?」


 渚は不思議そうに首をかしげたが、


「もう時間もないし、ハルくんの邪魔しちゃダメだよ」


 と亮太に言われると、素直にソファの方へ行った。


 それから、遙人は作業が手につかなくなった。ふたりがどんな話をしているのか、気になってしかたがない。じっと耳を澄ましたが、ふたりの声が低くてよく聞き取れなかった。


 しばらくして、亮太がソファから立ち上がって、遙人のほうへやってきた。


「今日は用事があるから、もう帰るよ。作業がんばってね」


 そう言って、亮太は部室を出て行った。


 残った渚は、じっとソファに座ったままだ。


(後夜祭に誘われたのか、聞いてみようか)


 作業をしているふりをしながら、遙人は悩んだ。何度か渚に声をかけようとしたが、いざとなると勇気がでなかった。


 渚のほうは、いつものように映画を見るわけでもなく、静かに座っている。


 十五分ほど経って、渚がバッグを持って立ち上がった。


「もう帰るのか?」


 遙人がたずねると、渚は返事をせずに側までやってきて、


「……ねえ、ちょっと聞いて欲しいんだけど」


 と言った。


「何だよ」

「さっきさ、亮太くんから、後夜祭のイルミネーションを一緒に見に行こうって誘われたんだ」

「へえ……」

「どう返事をすればいい?」


 渚は真面目な顔で、じっと遙人を見つめる。


「どうって、そんなのおまえが決めることだろ」

「……そうだね」


 無表情で頷くと、じゃあね、と言って渚は部室を出て行った。


 遙人は一瞬後悔した。だが、他にどう答えればよかったのだろう。


 亮太はかっこいいだけではなく、性格もいい。渚と付き合うというなら、反対する理由はなかった。


(そうだよ、ふたりはお似合いのカップルなんだ)


 遙人は自分にそう言い聞かせて、どうにか編集作業に集中しようと努力した。

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