第3話
映画の主演という話を聞かされて、
ただし、映画に出るのが嫌だから、というわけではない。受験の真っ只中でそんなことをしている余裕がない、というのが理由だ。
「それなら大丈夫だよ。映画って言っても、たった五分くらいのショート・ムービーだし、二、三日あれば撮り終わるから」
「……わかった、それならやるよ」
と引き受けてくれた。
遙人は亮太と連絡先を交換してから、
「また後で、脚本のデータを送るね」
と言った。
亮太が帰った後、遙人がソファに座ると、
「ねえ、本当にあの人と映画撮るの?」
「嫌なのか?」
「嫌っていうか……会ったばかりの人が恋人役なんて、恥ずかしいし…」
渚はやけにもじもじして言う。
「なんだよ、おまえらしくもない」
「はあ? どういう意味」
「心配するなよ。リョウちゃんはいいやつだから」
「それはわかるんだけどね」
渚は最後まで気乗りしない顔だった。
翌日から、遙人は忙しくなった。役者のふたりを集めて撮影するのはまだ先だったが、そのまえに準備しておくことが沢山ある。
まず、撮影にふさわしい場所を見つけるため、自転車にまたがって市内を走り回らなければならなかった。
それに、撮影につかう小道具も用意する必要がある。予算は自分の小遣いの範囲だから、ほとんどは百円ショップで材料を集めて手作りすることになった。
ほかにも、撮影機材が今でもちゃんと動くか、ひとつひとつチェックしなければいけなかった。
やるべきことは次々とでてきて、毎日、目が回りそうに忙しかった。それでも、遙人はこれまでにないくらい充実感につつまれていた。
(映画作りって、こんなに楽しかったのか)
今までやってこなかったのを後悔したくらいだ。
「先輩、楽しそうだね」
ある日、久しぶりに部室で顔を合わせると、渚がからかうように言ってきた。
「ああ、楽しいよ」
遙人はロケハンで撮影してきた写真をパソコンの画面で確認しながら答えた。
「そんなに映画にのめりこんで、受験の方は大丈夫?」
「……ぜんぜん平気さ」
実を言うと、今週は二回も予備校をサボってしまっていた。母親にバレたら死ぬほど叱られるだろう。だけど、最後にはきっと義父がかばってくれるにちがいない。
「おまえの方こそ、ちゃんと台本を読んでるんだろうな」
「読んだよ」
「台詞をおぼえたか?」
「……まだ」
それを聞いて、おれはソファに座った渚のところへ行き、膝にのせていたリモコンを取りあげた。
「ちょっと、なにするの」
「台詞をおぼえるまで映画は禁止だ」
リモコンをモニターにむけ、電源を切った。
「げっ、最悪。うちの母親みたい」
「ほら、撮影日は明後日なんだぞ」
遙人はテーブルから台本をとって、渚に押しつけた。
二日後の土曜の午後二時。遙人と渚、亮太の三人は、初めての撮影をするために公園に集まった。かなり広い公園で、あちこちに林や池がある。
「リョウちゃん、今日はよろしく」
「うん。おれ、けっこう楽しみにしてたんだ」
あれから何度か会って打ちあわせをしていたから、遙人と亮太はすっかり打ち解けていた。
「……よ、よろしくお願いします」
渚はぎこちなく挨拶する。
今日はどんな服装でもいいと伝えてあったが、ティーンズ誌のモデルみたいに可愛い格好をしてきていた。
「それじゃあ、さっそくはじめよう」
公園の噴水まえに移動して、撮影をはじめた。
最初のうち、渚も亮太もまわりの目を気にして、がちがちの演技になった。すぐに台詞に詰まるし、うっかりカメラ目線になるし、笑顔がひきつる。
だけど、何度も撮り直すうちに、少しずつ演技が自然になってきた。プロなみ、とまではいかないが、素人にしてはかなり上手い。
それに、ふたりは通行人が思わず振りかえるくらいの美男美女だった。画面のなかで見ると、圧倒的な存在感がある。
(うん、いい感じだ)
納得のいくシーンが撮れて、遙人は満足した。
噴水まえでの撮影を終えると、少し休憩した。それから、場所を変えてまた撮影をつづける。
このころになると、渚も亮太に少しずつ慣れてきたみたいだった。
遙人がカメラのセッティングをしている間、ふたりはずっと何か話をしていた。亮太が冗談を言ったのか、渚が笑うのも聞こえた。
渚と亮太の気心が通じてくると、それは演技にもあらわれる。画面のなかの二人の姿が、本当の恋人のように見えてきた。
(……なんだろう)
遙人は胸の奥にもやもやとしたものを感じた。しかし、撮影をつづけるうちに、それもすぐに忘れる。
午後五時を過ぎたところで、この日の撮影は終わった。
「いやー、疲れたけど、ほんと楽しかったよ」
亮太が笑顔で言った。
「私も、楽しかったです」
渚は少し気恥ずかしそうに言う。
「この調子なら、文化祭までに完成しそうだ。ふたりとも、次もよろしく」
遙人は機嫌良くふたりの顔を見まわした。
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