第2話

 高校三年の九月となれば、みんなの頭は受験のことで占められる。


 もちろん遙人はるとだって、映画のことばかり考えてはいられない。予備校にも通っているし、学校の特別補習も受けていた。


 映画部のことは、むしろ忙しい受験勉強のなかの息抜きのようなものだ。


 そんなある日、遙人は思いがけない出会いをすることになった。


「……あれ、もしかしてハルくんじゃない?」


 私大文系コースの特別補習の教室で、隣りの席に座った男子が声をかけてきた。


(……あっ)


 遙人もその男子に見覚えがあった。


「やっぱりハルくんだ。ほら、俺のこと覚えてない? 小学校のとき一緒だった、亮太りょうただよ」

「……ああ、うん。覚えてるよ」

「いやあ、懐かしいなあ。まさかハルくんが同じ学校だったなんて、どうして今まで気づかなかったんだろう」


 亮太は嬉しそうに笑う。


 遙人も笑ったが、その表情はぎこちなかった。実をいうと、亮太が同じ学校にいることは、一年のときから気づいていた。だが、こちらから声をかける気になれず、いままでずっと知らない顔をしてきたのだ。


 遙人と亮太は小学五年生のときに同じクラスだった。いつも一緒に遊ぶグループの仲間で、亮太の家にあがって遊んだこともある。


 しかし、小学六年生のとき、遙人は転校することになった。両親が離婚して、母親と一緒に引っ越したからだ。


 最後に亮太と会ったのは、春休みの終わりに近い日だった。


「じゃあ、また明日」

「うん、バイバイ」


 翌日も一緒に遊ぶつもりで、そんなふうに挨拶をして別れ、それきり二度と会うことはなかった。


 母親が再婚したので、遙人の名字は変わった。そのせいもあって、亮太はいままで遙人に気づかなかったのだろう。


「ハルくん、この後、暇?」


 補習が終わると、また亮太が話しかけてきた。


「いや……部室に顔を出さなきゃいけないから」

「部室? ハルくん、何部なの?」

「映画部、だけど」

「へえ、まだ引退してないんだね」

「今度の文化祭で引退だよ」

「ねえ、おれも部室を見に行っていい? どんなとこか興味あるんだ」

「え……」


 断る理由が思いつかず、


「……まあ、いいけど」


 と遙人はうなずくしかなかった。


 部室に向かう間も、亮太はあれこれ話しかけてきた。小学校のときと変わらない、親しげな態度だ。遙人も、自分がだんだんと打ち解けていくのを感じていた。


 これまで遙人が亮太に気づかないふりをしてきたのは、強い引け目を感じていたからだ。


 高校生になった亮太は、勉強でもスポーツでも優秀なうえに、顔立ちも整っていて、みんなの人気者だった。


 それに比べて遙人は、地味で目立つところのない生徒だった。


 こんな自分が、小学校時代のことを持ち出して友達ヅラをしても、亮太に馬鹿にされるか、無視されるのではないかと思っていた。


(そうだよな、リョウちゃんは昔からいいやつだったもんな……)


 勝手に身がまえて、距離をとっていた自分が恥ずかしかった。


 部室についてドアを開けると、ソファにだらしなく寝転がったなぎさの姿が目に飛びこんできた。


 今日は上下ともジャージ姿で、片足を背もたれにひっかけ、まるでカエルがひっくりかえったような格好で昼寝をしている。


 亮太が呆気にとられているのが分かった。

 

「おい、起きろ!」


 遙人が叫ぶと、渚が驚いて起きあがった。


「もう、なんで起こすの……」


 と文句を言いかけてから、やっと亮太に気づいた。


「わっ、きゃっ!」


 ソファの上で大騒ぎし、慌てた拍子に転がり落ちる。


「そいつのことは放っておいていいよ」


 遙人はそう言ったが、亮太は心配そうに渚のところへ行って、起き上がるのに手を貸した。


「大丈夫かい?」

「は、はい。大丈夫です」


 渚は顔を真っ赤にしていた。


 亮太はにっこり笑ってから、遙人のほうへやってきた。


「すごいね。あの棚に入ってるのは、ぜんぶ映画のDVD?」

「そうだよ。代々の映画部員たちが溜め込んできたんだ」

「ふーん」


 亮太は棚に近寄って、DVDのケースをひとつ抜きとって眺めた。


 その間に、渚がこそこそと遙人の隣りにやってくる。


「もう、いきなり人を連れてこないでよ」


 小声で言って、睨んできた。


「はいはい、悪かったよ」

「で、あの人は誰なの?」

「ええと……小学校のときの友達」

「いままで、あんな人のこと聞いたことなかったよ」

「おれたちも、同じ学校だってことにさっき気づいたばかりなんだ」


 そこで亮太が戻ってきた。


「ねえ、このDVD借りてもいい?」


 亮太が手にしているのは八十年代のSF映画だった。


「それ、見たいの?」

「うん。前から気になってたんだけど、うちで入ってるサブスクの対象外でさ。レンタル料まで払って見るかどうか、迷ってたんだ」

「いいよ、貸してあげる」

「本当? やったね」


 亮太は子供のような笑顔で言った。


(あ、この感じ……)


 遙人はびびっとインスピレーションがわくのを感じた。亮太こそ、まさに自分が思い描いていた映画の主人公にふさわしかった。


「リョウちゃん、頼みがあるんだけど」

「え、なに?」


 亮太はちょっと首をかしげて言った。

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