映画と恋と後輩と
わかば あき
第1話
「先輩、こっち来て! はやく、はやく!」
叫んでいるのは後輩の
遙人がそれを無視して作業をつづけようとすると、
「もう、なにしてるの? はやくこっちに来てってば!」
と渚はさらにうるさく騒ぐ。
遙人はため息をつくと、作業中だったデータを保存して席を立った。
渚は部室の壁ぎわのソファに座り、向かいのテーブルに置いたモニターを見つめていた。制服を着ているが、スカートの下にジャージを履いているので、平気であぐらをかいている。
(これで学年で一番人気の美少女っていうんだからな)
いつものことながら遥人はあきれる思いだった。もちろん、部室から一歩外に出れば、渚は完璧に猫をかぶって、オシャレでイケてる女子高生として振る舞っていた。
「なに見てるんだよ」
遙人は渚の隣りに座って聞いた。
「しっ、いいところだから、黙ってて」
(こいつ)
と遙人は思ったが、いつものことだから腹も立たない。
渚が見ているのは、サスペンス映画だった。連続猟奇殺人犯の隠れ家を見つけた刑事が、ひとりで乗りこんでいくシーンだ。
「はあ、やばい。どきどきする」
渚は両手で顔をおおって、指のすきまからじっとモニターを見ている。まるで子供だ。
こういう緊迫したシーンになると、渚はいつも遙人を呼びつけた。怖くてひとりでは見ていられないらしい。
刑事が机を調べていると、いつの間にか現れた犯人が、背後からゆっくりと近づいてくる。
「ねえ、この後どうなるの? この人死ぬ? 死なない?」
「それを聞いたら面白くないだろ」
「面白くなくていいから教えてよ」
「いいから黙って見てろって」
その瞬間、犯人の気配に気づいた刑事が、銃を抜いて振り返った。銃声がとどろき、犯人の黒い影が逃げていく。
ここから先はアクションシーンだ。ひとりで見ていても怖くはないはずだ。
「よし、もういいな?」
遙人はソファから立ち上がった。
「ありがと」
モニターを食い入るように見つめながら、渚が礼を言った。
もとの席に座ると、遙人は作業を再開した。
ふたりがいるのは映画部の部室だった。部室棟一階のいちばん端にあって、昼でも薄暗い部屋だ。
映画部員は、三年の遙人と二年の渚のふたりきりだった。
しばらくして、渚は最後まで映画を見終えた。スタッフロールの途中でリモコンの停止ボタンを押し、ソファから立ち上がって遙人のところへやってくる。
「先輩、さっきからなにしてるの?」
後ろからパソコンの画面を覗き込んでくる。
「邪魔するなよ」
「これって文化祭で展示するやつ?」
「そうだよ」
「また適当な映画ランキング作って張り出すだけかあ」
「文句あるのかよ」
「まえに、『高校最後の文化祭だから、映画を撮って上映したい』って言ってなかった?」
「それは……止めたよ」
「どうして? 脚本もできあがったんでしょ?」
「役者がいないからな」
「えー、でも、恋人役のふたりがいればいいんだよね? 先輩とわたしで足りるじゃん」
「……とにかく、やらないんだよ」
「やろうよ」
「やらない」
そのとき、渚がはっとしたように壁の時計を見た。
「あ、やばい。友達と約束してたんだ」
渚は慌てて帰り支度をはじめた。散らかした荷物をバッグにつめこんで、さっとジャージを脱ぐ。
「じゃあね」
渚はバッグをかかえて部室を出て行こうとしたが、そこで振り返り、
「ね、先輩。やっぱり映画撮ろうよ。わたし、何でも手伝うからさ」
と言って、今度こそ帰っていった。
(映画か……)
遙人はひとりになると、ソファへ行って座り、天井を見上げた。
高校生活最後の記念として映画を撮りたいと思ったのは本当だ。いや、いまでもそう思っている。
映画部に入ってから、これまで自分がやってきたことといえば、部室に大量に溜め込まれた映画のDVDを片っ端から見たというだけだった。
もちろん、それはそれで楽しかった。しかし、卒業の日が近づいてくると、なにかもう少し意味のあるものを残しておきたい、という気持ちが生まれていた。
それには、やっぱり映画を撮るのが一番だ。幸い、部室には撮影用の機材がひととおり揃っていた。十年以上まえ、まだ映画部に大勢の部員がいて、予算をたくさんもらえていた頃に購入されたものらしい。
しかし、さっきも渚に言ったとおり、問題なのは役者だった。
(おれと渚じゃ、釣り合いがとれないんだよなあ)
学年でも一、二を争う美少女の渚と、まるで冴えない遙人とでは、どうやっても恋人同士には見えないだろう。そんな不似合いなふたりがスクリーンに映れば、観客は笑い出してしまうかもしれない。
(……やっぱり、諦めるか)
遙人はため息を吐いた。
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