【四章】だって君はお姫様だから

 三田葵は幽霊が苦手だ。小さい頃からそうで、半分くらいは兄に揶揄われたのが原因だったりするのだが。苦手なものを克服するのは難しい。それが未知の存在であれば尚更。

 だから凛がホラー系のアトラクションに並んでしまってどうしようと思いつつも、凛の楽しい時間を壊したくなくて今まで必死に冷静を装っていたのに、どうしてか凛は気付いてしまった。上手く隠していたと自負しているが、隠せていなかったのかと不安になっていれば凛は繋いだ手をまた強く握った。


「怖いっていうのは、言っていいんだよ?」

「……ぁ」


 そうだ、凛は関係が始まってすぐの頃、葵が男の人に触れられて怖がっていた時も守ってくれた。あの時どれ程嬉しかったかはきっと凛には解からないだろう。葵は大切な人は守りたいと思う人間だ。だからこそずっと凛を守って来ていたし、でもそれは凛も同じなのだと漸く気付いた。


「……ごめん、格好悪い所見られたくなくて、意地張っちゃってた」

「カッコわるくないよ……葵はいつだってカッコよくて、カワイイもん」


 予想外の言葉に葵は固まってしまう。格好良いという言葉は葵の為にあるような程に沢山言われて来た。だけれども、可愛いなんて言われたのはいつぶりだろう。否、兄にはよく言われるが、あれは一種の病気なので例外だ。愛おしい者を見る大きな瞳はまだ心配そうに見上げてくる。

 そうして無言のまま列を進み続けて、大きなエレベーターに乗ったらもう後戻りはできない。自分の足で歩くタイプで無かっただけ良かっただろう。だけれども、怖いものは怖いのだ。乗り物は二人乗りで、安全バーを下ろされて発進していく。目を瞑ってしまえば怖くないだろうか。でも四方から聞こえる恐怖の音で目を瞑っていると幻覚を見そうでなるべく認識しないように目を開けていた。そういう人を怖がらせるための仕組みがお化け屋敷には沢山あり、急に出てくる人形に悲鳴を上げて葵は凛に抱き着いた。


「だいじょうぶ。私がいるよ」


 抱き着いたからには距離は近い。耳元で優しく囁かれた事で意識は保てて、でも怖くてずっと凛に抱き着いていた。守るように抱きしめられていた事に気付いたのはアトラクションが終わって乗物から降りる時。凛が先に降りて、手を差し伸べられる。このお姫様はどこまでも手を引っ張りたい性格なんだな、と安心して凛の手を掴んだ。守られる立場も悪くないのかもしれない。でも守られるだけのお姫様にはなる気はない。寧ろ自分は王子様でありたいと葵は思う。

 園内に出ると辺りは薄っすらと暗くなっていて、そろそろ集合時間だろうと時間を見る。焦る程の時間ではないので、ゆっくり歩いて向かえば丁度いいだろう。

 手を繋いだまま待ち合わせ場所まで歩いて行く。凛はまだ葵が怖いのだろうと思って無言で歩いていたら、急に葵が立ち止まって手を引っ張られた。そのまま葵の胸の中に納まる。


「守ってくれて有難う。すごく格好良かった。でもね……」

「葵?」

「僕は凛が隣で笑ってくれるのが一番嬉しいんだよ」


 抱きしめられているから葵がどんな表情かおをしているのか判らない。耳元で凛にしか聞こえない様に甘く囁く声は、まるでその笑顔を独り占めしたいだなんて我儘を言っているようにも聞こえた。


「……なら、葵にしか見れないようにしてくれていいんだよ?」


 葵の胸の中で微笑みながら小さく呟いた言葉を切欠に、強く抱きしめられたのが判った。身体が触れてそこから聞こえる心音はとても早くて、今顔を上げたらどんな表情かおをしているか判るだろうか。葵の好きな笑顔かおを見せてもいいだろうか。でも葵の手は凛の頭を包む様に抱きしめられていて、なんだかずるいなと口を尖らせる。そんな表情かおは絶対に見せてあげないけど、なんて思いながら葵の鼓動を感じていた。


 *


 その後お互いに照れたまま無言で手を繋いで集合場所へ向かう。

 海斗と安里は既にいて、歩いて来る二人を見て顔を見合わせて微笑んだ。待ち合わせ時間丁度になっても陽斗と杏は来ない。園内は広いしパレードまでの時間はまだあるので、場所取りの事も考えて集合時間は早めにしていたから問題はないのだが心配にはなる。

 四人で他愛もない話をしていると遠くから言い争う声が聞こえて、やれやれと思いながら四人は声のした方向に視線を向ける。陽斗の背中を叩きながら一歩後ろを歩く杏は乱暴に声を荒げている。でもどこか嬉しそうなので問題はなさそうだ。それよりも身体を濡らしている事の方に驚いてしまう。大体何に乗ったのか想像がついたので特に問いただす事はしないのだが。

 四人の姿を見つけると、陽斗は逃げる様に早足で合流する。その後ろを追いかけて来た杏も合流して、陽斗と杏の言い争いが終わるのを待った。


「土産買う時に好きなの買ってやるから、それでチャラにしてくんねー?」

「……言ったわね?」


 背中を叩く手がピタリと止まり、不安になりつつ杏に視線を向けると凄く嫌な表情をしていた。何を買うつもりなのかは分からないが、それで解決するなら安いものだと陽斗は思う。

 何故杏が陽斗の背中を叩き続けていたのか、四人に真意は解らなかった。だがしかし、杏はどこか照れ隠しのように叩き続けている様子だったし、大方陽斗が杏の機嫌を損ねる事をしたのだろう。解りやすい二人のやり取りが微笑ましくて四人は口端を上げていた。

 陽斗と杏が落ち着いて、一行はパレードの場所取りへ向かう。既に場所取りをしている人々に紛れて行って、時間もあるので交代で夕食の買い出しに向かう事にした。パレードが始まるまでまだ一時間程あるし、終わってから食べるには店が混雑するので、今のうちに食べておこうという事になったからだ。買ってきたものを食べながら、パレードまでの時間を過ごしていく。皆楽しそうな笑顔を浮かべながら他愛もない話をしていれば時間はあっという間だ。

 段々と日は落ちて行き、夕焼けに照れされる園内は綺麗だ。暗くなってからも照明で照らされる夢の世界はいつまで続くだろう。

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