【三章】あなたと共に永遠を
カチューシャを付けたまま二人は園内を散策していた。甘い香りが漂ってきて誘われる様に安里は海斗の手を引いて行く。そこにはポップコーンの売り場があり、安里は目を輝かせて売り場を眺めていた。
「いつものかな?」
「ふふふっ分かりますか?」
「安里の好物を忘れる訳ないじゃないか……」
照れながらも海斗は売り子に声を掛けてケース付きのキャラメル味を購入する。ポップコーンを受け取り店に背を向けると、刹那、ポップコーンに釘付けになる安里に微笑んだ。海斗から受け取って首から下げると早速一口食べれば、満面の笑みで彩られていく。それは海斗が大好きな
お菓子という物は食べ始めたら止まらないもので、安里は歩きながら幸せそうにポップコーンを食べていた。幸せそうな表情を横目で見ながら海斗は杏里の頬に触れる。
「安里は食いしん坊だなぁ」
夢中で食べていれば頬に小さな欠片が付いてしまっていたようで、それを抓んで海斗は自分の口へ運んだ。不思議そうに見上げられて、安里は気付いたのかポップコーンを一つ抓むと海斗の前に差し出す。
「おひとつどうぞ」
「ふふっ、ありがとう」
口に入れられたポップコーンの甘さが広がっていく。海斗は甘いものが苦手だがこの味は嫌いではないと思う。だって安里が幸せそうに食べているのだから、そのお裾分けを嫌いにはなれなかった。安里もこのポップコーンなら食べれる事を知っていて、物欲しそうな瞳をしている時のいつもの光景である。
目的地を決めずに適当に園内を歩くだけでもとても楽しい場所だ。だけど海斗は少し緊張しだして、ポップコーンを食べ続けている安里をチラチラと見てしまう。自然に、と言い聞かせ海斗は前を見ながら口を開けた。
「安里はさ、今年から就活だろう……? だから時間は大切にして欲しいって思ってるんだけど……」
「そうですね……」
「そ、それでさ……就活が終わったら、お祝いも兼ねて旅行にでも行かない……?」
ポップコーンに夢中だった視線は、今海斗に釘付けになっていた。目を丸くしてポップコーンを一つ抓んだまま照れている海斗を見つめ続ける。
「あ、仕事はなんとかするし、有休も余ってるから、だから心配しなくて大丈夫だよ……?」
「……いえ、そうではなくて。あなたからお誘いを頂けるとは思っていなかったので……」
誤魔化すように安里は抓んだままのポップコーンを口にする。この味はこんなに甘かっただろうかなんて思う位に動揺している自分に気付く。海斗は自分から誘うのが苦手な性格で、デートに行くときも安里から誘った回数が多い。安里が大学に入学してからすぐに知り合って、それから付き合うまで左程時間は掛からなかった。交際歴は二年程で、その中で海斗が旅行に誘うのは初めなのだ。だから嬉しくて思わず身体を預けてしまった。突然の事に驚きつつも安里の腰を掴んで支える。
「……どんなに辛くても、頑張れます」
「……無理はしないでね?」
「ふふふっ、あなたが言いますか?」
嬉しそうに笑う声に海斗もつられて笑った。確かに自分が一番無理をしてはいけない人間だ。また安里を怒らせるような事態にならないように、日々気を付けて生活をしていこうと改めて決意した。
そして、海斗の脳裏に浮かぶ旅行での目的もしっかりと意識する。安里はどんな形を望んでいるだろう。最高に幸せな時間を過ごして、心から愛していると伝えられるように。口元に手を持ってきて小さく笑い続ける安里の、左端から二番目の指を見つめながら、海斗も小さく笑い続ける。
くすくすと笑い続ける幸せな声が、夢みたいに心地が良い。
*
お姫様は何も手を引かれるだけではない。寧ろこのお姫様は率先して手を引っ張るタイプだ。目を輝かせて目的のアトラクションに乗ってまた次のアトラクションへ。迷路さえも楽しんでしまうお姫様が可愛らしいと、手を引かれながら葵は微笑んでいた。だがしかし、次のアトラクションに並び始めてからその微笑みは作り物に変わっていく。凛に気付かれない様に冷静を装いながら、しかし列が進む度に葵の鼓動は加速し続ける。段々と聞こえてくるアトラクションの音楽に反応しないように心掛けながら待ち時間は会話をして過ごしている。
「……葵?」
「何?」
「……えっと、たぶんなんだけど、ごめんなさい」
どうして凛が謝るのか理解が出来なかった。何に対しての謝罪なのか検討が付かずに首を傾げると、繋いでいた手を強く握られた。それでなんとなく葵は気付いてしまった。凛が自分の気持ちを読み取った事に。
「……葵、ぎゅってしていい?」
「……え?」
「……だめ?」
「……ううん、駄目じゃない、けど」
葵の返事を聞いた瞬間に凛は葵の正面から抱き着いた。煩いほどの心臓の音は聞こえてしまっただろう。背中に回された手は優しく撫でてくれていて、葵は少し気が楽になる。
周りに人がいるからすぐに離れてしまったけれども、不安そうに見上げられて、葵は何と言葉にすればいいのか判らなくなっていた。
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