第16話



 アナト達がリッチと戦っている頃――。


 レギアスは薄暗い闇の中で絡み付いてくる鎖から逃れようとしていた。

 黒い鎖は闇の中から現れ、レギアスを空間に縫い付けるようにして離さない。


「くそっ! 何なんだこれ!?」


 普段なら鎖ぐらいならば簡単に引き千切れる筈なのだが、この黒い鎖は全く壊れる様子を見せない。それどころか締め付ける力が増し、数も増えていく。まるでレギアスを此処から逃がさないように、空間に張り付けていく。


 レギアスはどうして自分がこんな状況に陥ってしまったのかを思い返す。

 リッチに腹を刺されて魔力を流された所までははっきりと覚えている。そして声が聞こえたと思ったらこの空間に飛ばされ、鎖に繋がれたのだ。おそらくはリッチの魔法か何かなのだと当たりを付けるが、抜け出す方法が皆目見当も付かない。

 それにこの空間には自分以外の何かが居るような気がして、落ち着かない。

 鎖に繋がれている状態で落ち着くも何も無いとは思うが、嫌な気配を感じて堪らないのだ。

 戦いはどうなったのか、アナト達はどうなったのか気になるが、それを確かめる為にも此処から出なければと鎖を千切ろうともう一度試みる。


 その時、薄暗い闇の中から唸り声が聞こえてきた。耳をよく澄ませてみせると、その唸り声は正面から聞こえてくるのが分かった。

 よく目を凝らして見ると、何も無かった空間に大きな石柱が二本現れた。その柱と柱はレギアスと同じ複数の黒い鎖で繋がれており、その鎖は柱と柱の中央で何かに絡み付いていた。絡み付いた鎖が解けないよう、一本の剣が突き刺さって固定されていた。

 レギアスはその剣に見覚えがあった。あれはイル国王はレギアスに施した封印魔法の剣であり、レギアスの体内に消えていった筈だ。


「……まさか」


 鎖が絡み付いている何かを確かめようと、更に目を凝らした。

 封印剣が突き刺さっているとすれば、それは封印しているモノに他ならない。

 露わになってくるそれの正体に、レギアスは目を見張って驚愕した。

 その姿は自分自身とそっくりな顔をしていた。鎖で首から下は見えないが、顔だけははっきりと確認出来た。


「……やっと気が付いたか」


 そいつはレギアスに語りかけた。

 声はレギアスよりも少し低く、けれどよく似ていた。

 レギアスはそいつに心当たりがあった。それを確かめる様に、レギアスはそいつを呼ぶ。


「お前は……ドラゴンとしての……俺か……?」

「そうだ、人間の俺。お前此処に何しに来た?」


 ドラゴンのレギアスは鎖と剣によって拘束された状態で人間のレギアスに尋ねる。

 端から見ればシュールな光景である。どちらも鎖で拘束されてはいるが、ドラゴンのレギアスは首から下が簀巻きにされている。おまけに心臓の辺りに剣が刺さっているから余計だ。


「知らねぇよ……気付いたら此処に居たんだよ」

「ふぅん……だったら丁度良い。この剣を抜いてくれよ」

「抜かねぇよ。ってか抜けるかよこの状態で」

「ふん、それもそうか。ま、お前が此処に留まり続ければ、いずれ肉体は俺から滲み出る魔力によって殺戮を繰り返す化け物になるだろうしな。そうなればこの剣も抜きやすくなるってもんだ」

「何だと……?」


 聞き捨てならない話を聞かされ、鎖を引き千切ろうとしていた手を止めた。

 ドラゴンのレギアスはニヤリと笑い、縦に割れた深紫色の瞳でレギアスを見つめる。

 人間のそれとは違う瞳に、人間のレギアスは僅かに息を呑む。


「なぁ、人間の俺。今頃あっちじゃあ、俺達の肉体はどうなってると思う?」

「何が言いたい?」

「お前が来て随分と経つ。俺の魔力がそろそろ肉体を暴走させても良い頃だと思うが?」


 レギアスは焦った。ドラゴンのレギアスの話が本当なら、今頃向こう側では力を暴走させているのかもしれない。もし暴走させてしまえばアナト達が危ない。自分の立場や命なんてものは二の次でも良いが、アナト達を危険に晒す事だけは避けなければならない。


「くそっ! 何で千切れねぇんだ!?」

「無駄無駄。その鎖を俺を拘束してる物と同じだ。人間のお前如きがどうこう出来る訳が――」


 ガシャン――!!


「――ほぅ?」


 レギアスは自分を拘束している鎖を引っ張り、鎖が激しい音を出した。

 ミチミチと音を鳴らし、僅かだが鎖に罅が入った。


「このおおおおおおおおお!」

「人間にしては凄まじい力だな。だがそれ以上は止めとけ。腕が引き千切れるぞ」

「それでこっから出られるのなら安いもんだ! アイツらを傷付ける訳にはいかねぇ!」

「……分からんなぁ。どうしてそこまでして人間なんかを気に掛ける?」


 ドラゴンのレギアスは人間のレギアスにそう訊いた。

 その顔は本当に分からないことを聞く子供の様だ。


「お前は人間世界では疎まれる存在だ。俺と言う力を持ち、いずれ人間を殺す時が来る。そんなお前を人間共が放っておく訳がなかろう。敵である者をどうして守ろうとする?」

「敵? 馬鹿言ってんじゃねぇよ! アイツらは俺の友達だ! 家族だっている! それを守ろうとするのは当然だろ!」

「……ドラゴンには理解出来ん考えだな。親父殿も、どうして人間なんかと子を成したのか」

「さぁね、それは俺も訊きてぇよ。その為にもこっから出るんだよ!」


 鎖を引っ張り続けるが、ガシャンガシャンと大きな音を鳴らすだけに終わる。

 だが諦める事はなく、何としてでも抜け出そうと藻掻き続ける。

 その様子を眺めていたドラゴンのレギアスは、軽く溜息を吐いた。


「無駄だと言うに……だが他がどうあれ、お前の力の根底には其奴らが関わっているのは理解出来た。どうだ? 一つ取引をしようじゃないか」

「取引?」


 人間のレギアスは鎖を引き千切る手を再び止め、ドラゴンのレギアスに視線を向ける。


「いくらお前が俺を宿していようと、所詮は人間。幾らかのおこぼれはあるだろうが、それでも限界はあろう。それでは俺が肉体を取り返す前に何処の馬の骨とも知れん奴らに殺されるだろう。そこでだ……お前に俺の力を少しだけ分けてやる」

「力を……?」

「そうだ。勿論、代償は付くぞ? その力を使えば使うほど、俺の力は強くなる。それでも、今お前が戯れている奴にも、今後お前に楯突く奴らも敵ではなくなる」

「分かった、それでいい」

「――はぁ?」


 予想外の即答に、ドラゴンのレギアスは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 人間のレギアスは決して巫山戯ておらず、本気で力を受け入れるつもりでいた。

 ドラゴンのレギアスはその腹の内を探ろうとするが、彼の瞳には一片の曇りも無い事に更に驚いた。驚いて、その事が面白いのか大きな声で笑い出す。


「フハハハハッ! 面白いぞ人間の俺! 良かろう! ただし後悔はするなよ? 貴様は今、ドラゴンへと一歩近付いたのだからな!」


 直後、人間のレギアスの足下から深紫色の魔力が吹き上がり、その魔力が全身へと染み込んでいく。

 最初、人間のレギアスを包み込んだのは冷たい感覚。背筋が凍るような冷酷な感覚だ。だが次第それは馴染んでいき、一気に高揚感へと転じる。力が滾っていき、その力で絡み付く鎖をまるで小枝を折るようにして粉々にしたのだった。

 人間のレギアスから魔力が吹き荒れ、空間を貫く柱の本流が生まれる。その本流に乗って、人間のレギアスは空間から脱出する。


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