第17話
目を開くと、レギアスの目の前でリッチがアナトを貫こうとしていた。
レギアスはすぐさま起き上がり、リッチの手首を掴んで止める。
「俺の仲間に――手ェ出すな!」
「……れ、レギアス……!?」
突如として正気に戻ったレギアスに、アナトは目を見開いた。ドラゴンの力が侵食して苦しんでいた筈なのに、その気配が一切無くなっていた。
レギアスは拳に魔力を一気に込め、リッチを殴り飛ばした。そのまま全身に魔力を走らせ、吹き飛ばしたリッチへと追撃を仕掛ける。深紫の閃光となってリッチへと肉薄し、頭部を鷲掴みにして地面に叩き付ける。慣性に従い地面を掠りながらリッチの頭部を削り、そのまま岩壁へと投げ付ける。
リッチは岩壁に身体をめり込ませて身動きが取れなくなる。その状態のリッチに更に追撃を行い、レギアスの拳がリッチの胴体を貫く。魔力による衝撃がリッチを貫き、岩壁を破壊する。
リッチは苦しみながら転移魔法でレギアスの前から脱出し、背後へと回り込む。魔法陣を展開してレギアスを攻撃しようとするが、それよりも早くレギアスがリッチへと迫る。
レギアスの拳と蹴りによってリッチの魔法陣は砕かれ、そのままの勢いでリッチは再び地面へと叩き付けられる。
レギアスの戦闘を、アナトは驚愕しながら眺めていた。今のレギアスは完全に魔力を制御出来ており、ドラゴンの力に呑まれている様子は見られない。どう言う理由で魔力を扱えるようになったのかは不明だが、今のレギアスならリッチに遅れを取ることは無さそうだ。
「どぉぉりゃぁぁぁぁあ!」
深紫の魔力が雷のように激しく迸る拳を、地面に平伏しているリッチへと叩き込む。落雷のようにリッチの腹に落とし、リッチは身体をバラバラに吹き飛ばされた。爆発による粉塵の中からレギアスが飛び出て、アナトの前に着地した。
「無事か!? アナト!?」
「れ、レギアス……お前、魔力を使って大丈夫なのか!?」
「ん? ああ、ドラゴンの俺と取引したからな。おい、その傷……」
レギアスはアナトの左腕に付けられている傷に気が付いた。リッチの攻撃で負ったものではない傷を見て、何かに気付いたレギアスは自分の手を見た。アナトの傷が暴走していた己の手によって付けられたものだと察したのだ。
「――遅かったか」
「っ、いや違うこれは――!」
アナトは傷を隠すが、レギアスがその手を退かせる。自分の手をその傷口に翳し、魔力を少しばかり注ぐ。すると傷口は再生していき、瞬く間に傷痕を残さず塞がった。
アナトはレギアスが治癒魔法ではなく、純粋な魔力による再生力の活性化で傷を癒やしたことに驚いた。治癒魔法は魔力と複雑な術式を用いて細胞の活性化を促す。術式がより複雑で強い魔力を用いれば、より強力な治癒魔法を発動出来る。
レギアスはそれを純粋な魔力のみでやってのけたのだ。彼の魔力には、それを可能に出来る再生の力が宿っているのだろうか。だとすれば、それは本当にドラゴンの力なのか。ドラゴンは破壊と殺戮を齎す存在。そんな存在の力が、癒やしを与えるものなのか。
それとも、これがレギアスの力なのだろうか。
レギアスはアナトが何かを言う前に背を向け、再び身体を再生させようとしているリッチの下へと歩み寄る。
「レギアス!」
「すぐに終わらせる。そこで待ってろ」
両腕に深紫の魔力を纏わせ、落ちている自分の剣へと手を伸ばす。すると剣が手に吸い寄せられるように動き出し、レギアスの手に収まる。剣に魔力を流し、剣身が深紫の魔力でコーティングされる。先程までの拳や蹴りとは違う、必殺の威力を持った剣へと変貌した。
「不思議だ……魔力を通して力の使い方が解る。お前の殺し方もな」
蒼い炎の中から蘇ったリッチは、レギアスの力を感じ取ったのか怯えたように声を上げた。
【オォ……オォォォォォ……!】
「さっきまでは少し魔力の精度が甘かった。今度は確実に仕留めてやる」
「レギアス……!?」
技の反動でボロボロになったオルガがアナトの側まで這い寄り、強大な力を手にしたレギアスを目の当たりにして冷や汗を流す。
レギアスは剣をクルクルと回し、リッチを睨み付ける。
直後、リッチはレギアスに向かって今まで最大の魔法を展開する。
リッチの正面に巨大な魔法陣が展開され、膨大な魔力が集束していく。
それを前にレギアスは剣を上段に構えた。剣に今出せる魔力を全て集束させていき、大気が震動を始める。レギアスの魔力の影響か、曇っていた空は更に不吉さを増していく。
「なぁ――お前の所為でアナトを傷付けちまっただろうが」
レギアスの後ろにいるアナト達諸共を消し飛ばす魔力の集束砲が放たれ、周囲の岩や地面を巻き込みながらレギアスへと襲い掛かる。リッチが持つ攻撃手段の中で最大火力の魔法なのだろう。リッチは勝ちを確信したのか、頭蓋骨の様な顔が笑った。
しかしレギアスは一歩も引かず、寧ろ前に一歩踏み出す。
「消え失せろ――!」
上段に構えた剣に全ての魔力が集まり、強い輝きを放つ。
迫り来る攻撃に向かって、レギアスは己の魔力を一気に解放する。
「――
振り下ろされた剣閃から放たれるは闇の波動、悪しきモノを喰らう黑竜が如く斬撃の衝撃波。
リッチの放つ集束砲を容易く斬り裂き、リッチを呑み込んだ。
「オオオオオオオオッ!」
レギアスは衝撃波を放ちながら、剣を渾身の力で振り上げた。すると衝撃波の出力が上がり、リッチを斬り裂いて消滅させながら、空へと突き抜けていった。曇天の空は衝撃音を鳴らし、大きく斬り開かれて、蒼天の空を覗かせた。
衝撃波を放ち終えた剣はその威力に耐えられなかったのか、砂のように消えていった。
深紫の魔力粒子が空を舞い、幻想的な光景をその場にいる全員に見せた。
リッチはレギアスの魔力により今度こそ存在を抹消され、蘇ることはなかった。
「ハァ……ハァ……」
力を使い切ったレギアスは肩で息をし、斬り裂かれ晴れていく空を眺めた。
これでデーマン討伐は完了した。見事討ち果たしたレギアスの力はこれで証明された。
だがそれは、レギアスが人間のままで事を終わらせたらの話だ。
一時だけとはいえ暴走を引き起こしてしまった。レギアスが保護を受ける条件として、力に呑まれない事が第一だった。それを破り、しかもアナトを傷付けてしまったのだ。デーマンを倒したとは言え、これでは危険分子と見なされ処刑されてしまうかもしれない。
国王は世界を守る為に決断する筈だと、レギアスは確信している。
「……もっと、皆と生きたかったなぁ」
「レギアス!」
「野郎、やったなおい!」
「レギアスさん!」
「凄いですレギアスさん! リッチを倒しちゃいました!」
アナトはオルガに肩を貸しながら、シェーレはジェシカを支えながらレギアスに駆け寄る。
レギアスはせめて最期に彼らの顔をよく見ようと振り返る。
そのレギアスの顔を見て、アナトはレギアスの心中を察した。
「ぶへっ!?」
アナトはオルガを地面に落とし、レギアスの前にズンズンと歩み寄る。
少し怒った表情をしているアナトに思わず息を呑む。
アナトはレギアスの真ん前で立ち止まると、左腕を出してガンブレイドで斬り裂いた。
「な、何してんだ!?」
「これはお前が付けた傷じゃない。だからお前が気にする事は何も無い」
「は、はぁ!?」
「いいな!? オルガ!」
「へ、へい……レギアスは暴走なんかしてねぇよ」
地面に転がって動けないオルガもアナトの言葉に頷いた。
ジェシカとシェーレもアナトにジロリと睨まれ、首を縦に何度も振る。
二人は事情を何も知らない筈なのに、何も訊かずに言葉を呑み込んでくれた。
これで文句は無いだろうと、アナトはふんすと鼻を鳴らしてレギアスを睨み付けた。
呆気に取られたレギアスは目をパチパチとさせ、「ぷっ」と込み上がった笑いが漏れる。
「ん?」
「くっ……アハハハッ!」
急に笑い出し、気でも狂ったかと眉を顰めた。
レギアスは腹を抱え、目尻に溜まる涙を拭う。
一頻り笑ったレギアスは、アナトを思いっ切り抱き締めた。
「んなっ!?」
レギアスの奇行にアナトは顔を真っ赤にし、オルガ達は目を点にして驚く。
「ななっ!? ななななっ、何をしゅる!?」
「ありがとな……! 王都に来て、お前達と出会えて本当に良かった!」
「わ、わきゃったから! 分かったから離せ!」
「ほんっとに最高だよお前ら!」
レギアスの抱擁は、キレたアナトがレギアスを地面に沈めるまで続いたのだった。
会議室で戦いを見守っていたエルドは大きく溜息を吐いて椅子にドカリと座った。
ハットを外し、葉巻に火を点けて煙を吐き出す。張り詰めていた緊張が解け、全身から力が抜けた。
レギアスが暴走を始めた時は覚悟を決めたが、どういう訳か力の制御に成功させてデーマンを討伐出来たのは良かった。誰一人と欠ける事なく終わったのは幸運だっただろう。
暴走したと言う事実もデータを消去し全員に箝口令を敷けば良いと、アナトの想いを汲み取ってやる事にした。
「レギアス……アナト……良かった……!」
「……ベール殿下。私は今回のレギアスが暴走した件、陛下に報告する気はありません。アナト殿下もそのつもりは無いようですからな」
「エルド先生……ありがとうございます」
ベールは涙を浮かべながらエルドに頭を下げた。エルドがどういう考えで隠すことにしたのか不明だが、彼の配慮には感謝の念しかない。
ベールは安心してレギアス達を向かえる為に部屋から出て行った。
残ったエルドはホッとした表情から一転、鋭く冷たい雰囲気を発した。
葉巻を灰皿に押し付け、デスクに置いたハットを静かに被る。
「――人が悪いぜまったく……竜騎士様が盗み聞きかい?」
冷たく低い声でそう言うと、エルドの背後に修道女のような姿をした女騎士が姿を現した。
以前、物置部屋で密会した竜騎士であり、彼女からも鋭く研ぎ澄まされた雰囲気が醸し出されていた。
「聞いての通り、俺は暴走の件を報告するつもりはない。アンタも今回ことは忘れてくれ」
「私が陛下に虚偽の報告をしろと、貴方は言うのですか?」
「いいや? 俺がアンタに報告した事をそのまま伝えれば良い。ただ、それだけだ」
「そんな冗談が通じるとでも、お思いですか?」
竜騎士の周囲でパチパチと金色の閃光が弾けた。それはエルドを威嚇するような攻撃的な魔力だ。エルドもそれを理解しており、エルドからも魔力が滲み出てくる。
一触即発の中で、エルドはニヤリと笑って魔力を引っ込めた。
「止めとこう。此処で俺達が戦えば、二人ともタダでは済まん」
「私がそれで引くとでも――」
「ミハイル島、彼処は王家の力が働く島だ」
竜騎士の言葉を遮り、灰皿に押し潰した葉巻を再び吸えるようにして火を点ける。
エルドの言葉に竜騎士はピクリと肩を揺らす。
「彼処にデーマンが自然発生する事は決してない。ならどうしてリッチなんて言う中級デーマンが出現したのか。いやぁ、可笑しいよなぁ?」
「……何が言いたいのです?」
エルドの鋭い眼が竜騎士を射貫く。
本気の怒りを表しているその眼に、竜騎士は初めて冷や汗をかく。
「竜騎士の誰かが手引きしたんだろう? レギアスを殺す為に、他の生徒まで巻き込んで」
「……いったい何の根拠があって」
「アンタのその反応で確信した。陛下は竜騎士に此方からの手出しは無用だと勅令を出した。それを竜騎士が破り、陛下の娘まで巻き込んで騒動を起こしたとなると、これは重大な罪に問われるなぁ」
「そんな詭弁が罷り通る事は――」
「貴様らは俺の生徒を危険に巻き込んだ! 例え陛下が許してもこの俺が許さん! 忘れた訳ではないだろうなぁ、【
エルドから放たれたプレッシャーに、とうとう彼女は表情を崩した。瞳は閉じている状態だが、ポーカーフェイスは崩れて焦りの表情を見せた。
椅子から立ち上がり、エルドは本気の殺気を纏いながら彼女と対峙する。
マスティア騎士団、第二竜騎士・白金のリーヴィエルは、たかが一介の教師の闘気に気圧されてしまう。あの最強と謳われる竜騎士の一人が、だ。
エルドは殺気を放ちながらリーヴィエルに警告する。
「この俺の目が黒い内は俺の生徒に手出しはさせん。他の竜騎士にも伝えておけ」
「……もしまた彼が暴走を引き起こせば、どうするつもりですか?」
「貴様達が余計な事をしなければ、俺の目が黒い内は暴走させん。もし暴走したら……」
エルドの緑の瞳が蒼く輝きだした。
「レギアスの首を取り、この俺の首も差し出してやる」
「――どうしてそこまでして彼を守ろうと? 貴方は……陛下は何を隠しているのですか?」
瞳の輝きを元に戻し、エルドは葉巻を咥えた。
リーヴィエルを見下ろし、ただ一言だけ。
「いずれ知る事になるさ」
葉巻の煙をフヨフヨさせ、エルドは事後処理へと赴いた。
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