第15話



「――ぁぁぁあああああ!?」


 その叫びは痛みからか、死への恐怖からか。

 レギアスはリッチに刺された状態で持ち上げられ、口から血を吐き出した。

 ジタバタとリッチから抜け出そうとするが、注がれる魔力によって力を失っていく。

 一番近くにいたオルガはレギアスを助け出そうとリッチへと迫るが、リッチは蒼い炎の壁を生み出してオルガを包み込んだ。

 アナトはガンブレイドをリッチに向けてトリガーを引き、魔弾を剣身から放つ。数発は防がれたがリッチの腕に命中し、リッチはレギアスを落とした。

 地面に転がり落ちたレギアスはリッチに注がれた魔力により、内に宿るドラゴンの力が暴走を始めたのか苦しみ出す。


「ぐぅぁあっ!?」

「拙い……!?」

「アナト様! 危ない!」


 ジェシカの声にアナトはハッとしてリッチへと視線を戻す。

 リッチは既に魔法を放ち終えていた。蒼い雷の球体がアナトに襲い掛かり、それをガンブレイドで切り裂くが、その瞬間に雷球が爆発を起こしてアナトを呑み込んだ。悲鳴さえ聞こえない雷の爆ぜる音が響き、アナトは岩壁に吹き飛ばされる。


「このっ!」


 ジェシカは弓を引き絞り、リッチへと矢を向ける。

 だが放つ直前、リッチの蒼い炎の瞳がジェシカを睨み付け、呪いを掛けた。

 ジェシカは心臓が締め付けられる感覚に陥り、呼吸もすることが出来ず倒れた。


「ジェシカ姉さん……!」


 意識を失う寸前、魔力をある程度回復させたシェーレがジェシカの胸に手を当て、治癒魔法を施す。その御陰で一命を取り留めるが、ジェシカは戦闘不能になってしまう。

 シェーレは杖をリッチに向け、なけなしの魔力で魔法による攻撃を放つ。

 火球、衝撃波、紫電、周囲の物体を飛ばしてリッチに当てるが、その尽くをリッチは弾く。

 死が着々と近付いてくる様に、シェーレは涙を流し失禁してしまう。

 だが彼女の瞳は未だ死んでいなかった。リッチを睨み付けては魔法を放ち続ける。魔力が再び無くなっても、石を拾ってリッチに投げ付けて戦いの意志を見せつける。

 だが現実は非情――リッチはシェーレの目の前まで到達し、死の眼でシェーレを見下ろす。

 シェーレは意識が朦朧としているジェシカを抱き締め、訪れる死を覚悟した。

 その瞬間だった。


「オオオオオらぁああぁアアア!!」


 蒼い炎の壁を力尽くで突破したオルガの蹴りが、姉妹の命を吹き消そうとしていたリッチを吹き飛ばした。

 オルガはジェシカとシェーレの前に降り立ち、二人を守るようにして両手を広げる。制服は燃え落ち、裸になっている上半身は酷い火傷を負っていた。


「調子乗ってんじゃねぇぞ骸骨野郎!」


 オルガは全身から【蒼い魔力】を漲らせた。すると火傷はレギアスの再生力並の速さで治癒していき、瞬く間に完治した。そのまま魔力を活性化させ、闘気を張り巡らせる。

 シェーレはオルガの背中を見て、その背中に異形の何かを幻視した。リッチなどよりも恐ろしく、味方であるはずなのに今すぐ逃げ出したいと思ってしまう。


「テメェ……レギアスに何をしやがった!?」


 起き上がったリッチは魔法陣を展開し、オルガを睨み付ける。そのリッチの顔面に飛来した魔弾が命中し、魔法陣の展開は崩れ落ちる。魔弾が飛来してきた場所を見ると、口端から流れてる血を拭いながらガンブレイドを向けているアナトが立っていた。

 アナトは空間魔法で弾丸を装填し、怒りと闘志を剥き出しにしてオルガの隣に立つ。


「レギアスは? まだ無事なのか?」

「……おそらくだが、お父様の封印が食い破られかけてる」

「マズいよな?」

「すぐに封印を施し直せば、可能性はある」


 レギアスにチラリと視線をやれば、レギアスは必死に溢れ出る魔力を抑えようと地面に藻掻いていた。早く処置を施さなければすぐにドラゴンの力に支配されてしまうだろう。それを防ぐ為にもリッチを早急に倒さなければならない。

 アナトとオルガは状況を確認する。リッチはある程度のダメージを負ってはいるが未だ健在であり、此方はジェシカとシェーレが戦闘不能になっている。戦えるのは自分達二人だけだが、今の状態で素早く片付けられるか怪しいものだ。


「俺がリッチを抑えるから、お姫様はレギアスを――」

「出来るのか?」

「――俺の【力】を解放すれば」


 アナトの眼が鋭くなる。


「なら駄目だ。お前の力を此処で使う訳にいかない」


 オルガは渋々と、練り上げていた蒼い魔力を抑え込んだ。


「シェーレ、動けるならジェシカを連れて下がれ」

「で、ですが……」

「お前達は良くやった。今は自分達の心配だけをしてろ」

「っ……」


 シェーレは唇を噛み締めた。今の自分ではアナト達の足手纏いにしかならない。あんなに大口を叩いて同行したというのに、大した力も示せず此処で退場する事になるのは、とても惨めで悔しく感じたのだ。

 だが悔しくても今此処で現状を変える事は出来ない。出来る事はアナトとオルガの戦いを邪魔しない様にすることだ。流れる悔し涙を拭い、ジェシカを負ぶってこの場から出来るだけ離れる。しかし完全に離脱するつもりはなく、状況を目視出来る範囲で止まった。


「オルガ、私の大火力でリッチを叩っ切る。お前は奴の防御を崩せるか?」

「任せな。今出せる全力で奴を砕いてやらぁ!」

「……」


 アナトは苦しんでいるレギアスに目をやる。

 レギアスの意識はまだ確りとしている。魔力に呑まれまいと抗い、獣の様な唸り声を上げている。早くしなければ、封印が破られてしまう。

 ガンブレイドに装填する弾丸を選択し、シリンダーに装填する。アナトが選んだ弾丸は今持てる最大火力を出せる弾丸。だがその代わりに身体への反動が大きく、体力を消耗している現在の状態で使えば、翌日は身体を動かすことは出来なくなるだろう。

 だがそれをしてでも、リッチを倒さなければならない。レギアスがデーマンを倒す功績ならまた後でも機会は訪れるはず。だが今ドラゴンと成ってしまえば、レギアスは殺されてしまう。そうなってしまえば誰が一番悲しむ事になるのか、アナトはよく理解していた。

 その人を悲しませない為に、アナトは惜しむこと無く力を振るう。


「耐えろ、レギアス――――行くぞ、オルガ!」

「おう!」


 二人は同時に駆け出す。

 リッチは複数の魔法陣を展開し、火、氷、雷の魔力を二人に向けて放つ。

 一撃でも喰らえば致命的な傷を負うかもしれないが、それを恐れる事無く二人は突撃する。

 オルガは駆けながら両腕に自身の持てる最大魔力を込め、両腕からは蒼い雷が迸り出す。


「耐えられるなら耐えてみせやがれ……我流奥義!」


 オルガは一気にリッチの懐に潜り込む。最初に左拳をリッチに叩き込むが、当然の如く障壁に阻まれる。雷が爆ぜるが、障壁には亀裂すら走る事はなかった。

 だがその拳は本命ではない。本命は別にある。


「雷神招来――鳴神ィ!」


 ゼロ距離から放たれた雷拳が障壁に叩き込まれ、激しい雷鳴と共に雷が大きく爆ぜる。

 リッチの障壁は一瞬の攻防の末、ガラスのように砕け散った。リッチはそのまま後ろへと大きく傾き体勢を崩す。そこへオルガは追撃とばかりに飛び上がり、雷を纏わせた右脚による蹴りを放つ。


「天雷脚!」


 雷脚はリッチを地面へと叩き付け、そのまま地面にめり込ませた。最後の魔力だったのか、力を使い果たしたオルガは地面に着地する事が出来ずに落ちて転がった。


「姫様ァ!」


 今が好機だと、オルガはアナトに最後を託す。

 アナトはガンブレイドのトリガーを六連続で引き、弾丸を炸裂させる。

 アナトは母親譲りの膨大な魔力を持っているが、その全てを扱いきれる訳ではない。まだ身体が全ての魔力を受け止めきれないのだ。それを強制的に引き出す為の弾丸がガンブレイドに装填されており、それを炸裂させた今、アナトの体内で膨大な魔力が急速に活性化する。魔力の流れが強まり、全身の血管や筋肉、臓器までもが破裂しそうになる。


「くっ――うぁぁあああ!」


 白銀の魔力がアナトから溢れ出し、どんよりとした空を白銀で染め上げる。

 溢れ出し今にも弾けてしまいそうな魔力をガンブレイドへと集束していき、一つの巨大な剣と化す。白銀の巨大な剣はリッチの命を掻き消そうと轟々と音を鳴らす。


「これで――終われぇぇぇえ!」


 地に平伏しているリッチ目掛け、その巨大な剣を振り下ろした。

 魔力で形成された刃は巨大なリッチの身体を呑み込み、大きな衝撃を生み出した。

 その光景を遠くから見ていたシェーレは、自分達の王女様の実力を目撃して言葉を失う。

 山の一部を削り去る一撃を放ったアナトは、軋む身体に鞭を打ってレギアスの下へと駆け付ける。


「レギアス!」

「ぐるぁア!」

「ぐっ!?」


 レギアスを抱き起こすが、既に意識が混濁し始めていた。側に来たアナトを、獣のような声で威嚇し、鋭く伸びた爪でアナトの腕を引き裂いた。幸いにも傷は浅く、軽い切り傷で済んだが、いよいよ時間切れが迫ってきているとアナトは焦り出す。


「落ち着け! 今助けてや――」

「姫様ァ!」

「ッ――!?」


 アナトの背後で魔力が吹き荒れた。

 邪な魔力が今までの比にならないまでに膨れ上がれ、リッチが蘇った。

 蒼い炎が燃え盛り、その中から身体を再生させながらリッチが這いずり出てくる。


【ゴアァアアアァアッ!】


 身体を半分以上再生させたリッチが、アナトを呪いの眼で睨み付ける。その呪いはアナトの魔力によって弾かれるが、アナトを怯ませるには充分なモノだった。

 アナトが怯んだその瞬間、リッチはアナトを直接叩きに手を伸ばしながら迫った。

 ガンブレイドを振るおうとしたが、技の反動で一瞬だけ動きを止めてしまう。

 その一瞬が致命的だった。


 リッチの手がアナトの心臓に伸び、指先が触れそうになったその刹那――。

 何者かの手がリッチの手を掴んだのだった。



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