第14話
時を同じくして、イングヴァルト王立騎士学校では帰還させた生徒達に状況説明を終えたエルドは、会議室で生徒達のバイタルチェックが終わるのを待っていた。気付かないだけでデーマンの呪いを受けているかもしれないと用心しての事だった。
先程、レギアス以外の生徒達を強制転移させたが、アナト、オルガ、ジェシカ、シェーレの帰還は確認出来なかった。アナトは分かっていたが、オルガは兎も角ただの同級生だった筈のジェシカとシェーレまで残るとは思いもよらなかった。二人は下級と雖も貴族であり、万が一な事があれば貴族への対応が発生してしまう。
それだけは――。
「――面倒な事はしたくないんだがなぁ」
そうぼやいて葉巻を吸った。
貴族相手には色々と面倒な手続きや対応が求められる。騎士学校に入学するに中って事前に危険が伴う事は了承させている。しかしそれでも貴族が相手となると学校としてはそれなりの対応をしなければならない。
「エルド先生!」
エルドが面倒事に頭を抱えていると、事態を聞いたのかベールが駆け付けてきた。
三年生も試験中の筈だが、どうやって抜け出してきたのだろうか。一年生の試験会場にデーマンが出たと情報が流れたから、全学年の試験が一時中断でもしたのか。
「先生! デーマンが出現したとは本当ですか!?」
「ベール殿下……ええ、ミハイル島で呪いが確認されましてね」
「呪いに掛けられた生徒達は無事なのですか!?」
「そう慌てなさんな。三人とも命に別状はありません。強力な催眠と魔力を吸われていただけです」
「……レギアスに討伐命令を出したのは?」
「本当です」
ベールは息を呑んだ。そしてアナトが帰ってきていない事も、それに関係していると察した。
「アナトも討伐に赴いているのね……!」
「お姫様だけじゃない。オルガも付いているが、ストリーナ家の双子も一緒だ」
「何ですって? そんな……危険過ぎる」
ベールは唇を噛み締め、神妙な顔を浮かべる。内心はかなり不安に襲われていた。
レギアス達がデーマンに後れを取るとは思っていない。
だが知性あるデーマンが相手なら何が起こるのかは分からない。万が一と言う事もある。
それに一緒に残ったストリーナ家の子達が一番危険である。彼女達はデーマンと遭遇した事が無いはずだからだ。初めて相対するデーマンを相手に、果たして戦えるだろうか。
「エルド先生、ミハイル島へ救援部隊を派遣しましょう」
「駄目だ。これはレギアスにやらせる。ベール殿下もその理由はお分かりでしょうや」
エルドの言う通り、ベールは理解していた。
レギアスがデーマン討伐の功績を得れば、彼の立場は確立するだろう。そうなればレギアスの命が狙われる事は無くなるだろう。
ベールはレギアスの側に居てやれない事に歯痒い思いをしていた。レギアスの側から離れない、すっと味方でいると言ったのに、側で力になってあげられない。
戦える力はあるのに、出来るのは此処でレギアス達の帰りを待つしかない。
「……殿下、我々に出来る事は奴を信じて待つことです」
「ええ……分かってます」
ベールは会議室のモニターに映し出される、レギアスの腕輪から取得している映像へと目を移した。
「お願い……皆無事に帰ってきて……!」
レギアス達はデーマンを探して島を歩き続けていた。
何の宛ても無く探し回っている訳ではなく、アナトとシェーレによる広域探査の魔法で魔力が淀んでいる所を探し出した。そこにデーマンがいるはずだと目星を付け、今はそこに向かっている。
その場所は山の頂上付近であり、現在レギアス達は木々が生えている中腹を越え、岩肌の部分を歩いていた。急な山道だと思っていたが、ご丁寧にある程度の整地がされており、比較的楽に進めていた。
「アナト、知性あるデーマンってのはどんななんだ?」
道中、レギアスは今回討伐するデーマンについてアナトに尋ねた。
レギアスは祠に封じられていたデーマン以外では、知性を持つようなデーマンとは遭遇してこなかった。故に一切の情報を持っておらず、僅かでも優位に立ち回れるように情報を欲していた。
「様々だが、共通するものとして人間の言葉を理解している事と、魔法を使える事だ」
知性が無いデーマンは魔法を使えず、ただ本能のままに牙や爪で殺戮を繰り返す。デーマン特有の蒼い魔力を持つが、それをただの生命力として使わない。
祠に封印されていたデーマンは知性があったのか無かったのか不明だが、魔力を攻撃に転じて見せた。少なくともこれから戦うデーマンはそれに近い力を持っているのかもしれない。
そうなればかなり危険な戦いになる。だが今回はあの時とは違う。今回はアナトもオルガもおり、ジェシカとシェーレもいる。ジャックも魔力を使えたが、アナト達には及ばない。あの時とは違う結果にはなるだろう。
そう言えば、あの森の祠に封印されていたデーマンは嘗て国王が封印したそうだが、それはあのデーマンが国王よりも強く討てなかった訳ではなく、あの膨大な魔力故の生命力が討つ事を妨げたのだと言う。
この一ヶ月で知った国王の伝記にはそう記されていた。であれば、これから戦うデーマンもそれ程の生命力を持っている事になるかもしれない。
「……だったら何で俺は倒せたんだ?」
その答えは決まっている。
レギアスには国王には無い力を持っている。
ドラゴンの力が、デーマンを滅ぼせたのだ。
それが本当に答えなら、レギアスはデーマンにとって最大の脅威になり得るのではないか。
自分の中に流れる血、宿る力の事をまだまだ知るべきだと、レギアスは改めて思った。
山道を歩いていると、戦闘を歩いていたオルガが足を止めた。
「……気を付けろ」
レギアス達は武器を構えて警戒態勢に入った。
周囲にはゴツゴツとした岩の山道しか見えない。
だが邪な魔力の気配を確かに感じ取った。
レギアスはジェシカとシェーレをすぐに守れる位置に立つ。アナトとオルガの実力を知る故に大丈夫だと信頼している。だがジェシカとシェーレでは守り無しでは危険だと判断したのだ。
その時、レギアス達の上空から魔力による雷が落ちてきた。
「上だ!」
レギアスはジェシカとシェーレを両脇に抱え、アナトとオルガはその場から跳び退いた。
落雷は地面に直撃し、五人が居た場所は大きく抉れた。
「デーマンだ! 気を抜くな!」
アナトはガンブレイドの撃鉄を起こし、デーマンの居場所を探る。
辺りには邪な魔力が充満し始め、レギアス達に向かって殺気が飛ばされる。
その殺気の出所を即見抜いたレギアスは、地面に転がっている石を拾ってそこへ投石する。
石は何も無い空間に激突すると、そこからローブを纏った巨大で人型のデーマンが姿を現した。
ローブの下はまるで頭蓋骨のような見た目をしており、空洞の目の部分は蒼い炎が瞳のように燃えていた。
「リッチ!?」
アナトがデーマンの姿を見てそう呼んだ。それがあのデーマンの名前なのだろう。
リッチは蒼い炎と共に魔法陣を喚び出し、まるで人間のように魔法を展開し始める。
蒼い魔法陣から放たれる蒼い炎がレギアス達を襲う。
「シャァラァ!」
オルガは魔力を練り上げ、全員の前に出て正面に盾を構えるようにして左腕を出した。
すると魔力で生み出された盾が展開され、リッチの蒼い炎を防いだ。
「ジェシカ! シェーレ! 遠距離から援護しろ! アナト!」
「ああ!」
「はい!」
「わかりました!」
レギアスとアナトはオルガの左右から飛び出し、ジェシカは弓矢で、シェーレは魔法による後方支援を行う。飛び出したレギアスとアナトはリッチへと近接戦闘を仕掛け、刃を振るった。
リッチは炎を止め、今度は足下から氷柱を生み出して二人の攻撃を止めた。飛んできた矢と魔法による炎弾もリッチの魔力によって止められる。
「どぅぉりゃあ!」
炎が消えたことで動けるようになったオルガがリッチに飛び掛かり、拳に魔力を込めて繰り出した。その拳もリッチの魔力によって止められるが、意識がオルガに向いたその隙を狙ってレギアスとアナトが再び剣を振るった。
『オオオオオ!』
地獄の底から叫んでいるような声を漏らしながら、リッチは自分を中心に魔力波動を放ち、レギアス達を吹き飛ばした。凄まじい魔力を溢れ出させるリッチは、そのまま上空に魔法陣を展開させる。そこから放たれる雷がレギアス達を襲う。
リッチから一度距離を取るようにして雷を避けていき、避けきれないモノは武器で叩き落とす。だが雷の数が増え、対処しきれなくなってしまう。
「危ない!」
シェーレが杖を振るい、レギアス達を囲う透明の障壁を展開する。
それによって雷は防がれ、レギアス達は難を逃れる。
リッチは障壁を破ろうと、雷の威力を高めていく。障壁の外は雷の熱で焼けていき、岩が溶け始める。
「くぅうっ――!?」
障壁を維持する事が困難になってきたのか、シェーレは苦悶の表情を見せる。
このままでは障壁が剥がされるのは時間の問題だ。
レギアスは意を決し、自ら障壁の外へと飛び出した。
「レギアス!? 待て!」
アナトの制止を聞かず障壁の外へと出たレギアスを雷が呑み込む。騎士学校の制服はある程度のダメージを防いでくれるが、リッチの雷までは防ぐ事は出来ない。制服は焼かれていき、レギアスの肌も焼かれてしまう。
しかし、レギアスは足を止めること無くリッチへと急接近し、剣ではなく拳をリッチへと叩き込んだ。
『――!?』
リッチはオルガを止めたようにレギアスを拘束しようとしたが、レギアスの拳がリッチの魔法を砕いてそのまま無防備な胴体へと叩き込まれた。鈍い音を立てながらリッチは殴り飛ばされて岩壁に激突し、雷は途絶えた。
「ぁ――」
「シェーレ!?」
障壁に魔力を使い過ぎたのか、膝からガクリと崩れ落ちたシェーレをジェシカが支える。
シェーレの意識はあるが、戦線復帰までには時間が必要だろう。
アナトとオルガは拳を突き出した状態で静止しているレギアスの下へと駆け付ける。
レギアスは全身から肉が焦げた匂いを発し、大量の出血もしていた。
だが驚くことに、その傷は即時再生されていっている。その様子は時間が遡っているかのようだった。瞬く間に傷は完全に再生され、傷一つ無い肌に戻った。
「なっ……!?」
「お前……何だその再生能力……!? それにリッチの魔法を砕いたように見えたぞ……!?」
アナトとオルガはレギアスの力に驚愕する。レギアスがドラゴンの力を有している事は承知しているが、まさか此処までの再生能力を持っているとは思いもよらなかったのだ。
ただアナトは見覚えがある。それは一ヶ月前の決闘の時、自分の攻撃でレギアスの右腕を引き裂いてしまった。だが気付けばその腕は袖が破れているだけで傷一つ確認出来なかったのだ。
「聞け、二人とも……!」
雷でボロボロになったブレザーを破り捨て、レギアスは剣を捨てて徒手空拳の構えを取った。
「俺ならアイツの攻撃を受けても、ドラゴンの力で即再生出来る。それに奴の魔法もどうやら俺の魔力なら突破出来る。俺が奴を叩く!」
「行けんだな?」
「ああ! どの道俺がやんなきゃならねぇんだ!」
レギアスとオルガ隣に立ち並んで拳を構えた。
リッチは体制を整え、周囲から魔力を集め始める。
「お前ら走れ!」
「援護します!」
アナトとジェシカが魔弾と矢で援護し、レギアスとオルガはリッチに向かって突撃する。
リッチはそれらを波動で弾いていき、強力な魔法を発動しようと溜め動作に入る。
そこへオルガがリッチの懐に入り、魔力を練り上げた右拳を叩き込む。
「雷神剛拳――インパクトォ!」
オルガの右拳に込められた魔力が蒼い雷へと変化し、拳の破壊力を増加させた。轟々と音を立てながらリッチに拳を叩き込むが、寸前に展開された魔力障壁によって防がれた。だがオルガの雷拳はリッチを障壁の上からその場に押し止める。
「レギアス!」
「おおおおおっ!」
オルガの背後からレギアスが飛び出す。オルガの肩を踏み台にし、巨大なリッチの顔面へと向かって飛び上がる。
――自分の魔力に意識を集中! あの時感じた魔力の感覚を引き出せ!
レギアスが握り締めた拳に深紫の魔力が渦巻き始める。
あの時の森で発現した程の魔力ではないが、ドラゴンの魔力を引き出すことに成功する。
リッチの顔面に狙いを定め、渾身の力で拳を振り抜く。
「――打ち抜けぇ!!」
オルガの雷拳によって魔力のリソースを割いていたリッチは、レギアスの攻撃を止める暇も無くその拳を受け入れる他無かった。
深紫の拳がリッチの顔面を打ち抜き、凄まじい力でリッチを吹き飛ばした。魔力による衝撃を発しながら吹き飛ばされたリッチは、頭部を損失して地面に転がり落ちた。
「やった!?」
アナトは転がり落ちてピクリとも動かなくなったリッチに目を見張った。リッチの死を確認するまで油断は出来ないが、頭部を失ったのではいくら生命力が高くても生きてはいられないはずだ。
「っ!? レギアス、お前!?」
「ぐっ……!?」
オルガは咄嗟に身構えてしまう。
何故ならレギアスの魔力を纏っていた右手が、レギアスを侵食しようとしていたのだ。
レギアスは魔力を収めようと藻掻くが、それはレギアスから纏わり付いて離れようとしない。
「くそ!」
炎を振り払うように左手で右腕の魔力を振り払おうとするが、魔力はレギアスを喰らおうと燃え盛るように大きくなる。
その時、レギアスの背後で物音が鳴った。同時に悍ましい魔力の気配が膨れ上がった。
本能で危険を察知したレギアスは咄嗟に背後へと右腕を向けた。
その直後、レギアスは腹に激痛を感じた。
「かは――!?」
「レギアス!?」
「レギアス!? テメェ!!」
アナトとオルガの叫び声よりも、レギアスは頭の中に響く声に耳を傾けていた。
その声はレギアスの腹を骨の手で刺しているリッチの声だ。
リッチは頭を吹き飛ばしても死なず、頭部を蒼い炎で再生させながらレギアスを睨み付けた。
リッチは魂を凍えさせる程に恐ろしい声でレギアスに語る。
【忌まわしき裏切り者の子よ――今こそ我らが下に戻るのだ】
腹に突き刺さっているリッチの手からデーマンの魔力が注がれる。
その力にレギアスは自分の魂が食われていくのを感じた。
冷たい、酷く冷たい。
レギアスは生まれて初めて【死】を目の当たりにした。
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