第13話



 翌朝、レギアス達は朝食を済まし、滝壺の水を魔法で湯に替えて身体をサッパリさせて島の中心部へと向かっていた。

 中心部へ向かうほど森が濃くなっていき、足場も悪くなっていった。

 道中、猛獣と遭遇したが五人で対処すれば何の問題も無く撃退出来た。

 そのまま歩き続け、レギアス達は森の中に廃れた集落を発見した。

 その廃れ具合から、かなり昔の物だと推察出来る。

 何が出て来ても対応出来るように各自武器を構えて警戒しながら進む。

 廃集落に幾分か足を踏み入れたその直後、ムチが撓るような音が鳴り、シェーレの足に何かが絡み付いた。


「きゃあああっ!?」

「チッ!」


 シェーレの足に絡まったのは縄だった。隠されていた縄が引っ張られ、シェーレは足を上にして逆さまに吊り上げられる。制服のスカートが捲れるが、それを気にする余裕は無い。

 レギアスはすぐに飛び上がり、シェーレの足に絡まっている縄を剣で斬り裂いてシェーレを抱えながら着地した。


「怪我は?」

「あ、ありません……」


 シェーレを下ろし、斬り落とした縄を拾う。その縄は拾った瞬間に土塊へと変貌しボロボロに崩れ落ちた。おそらく魔法で作り上げた縄なのだろう。と言うことはこれは人が仕掛けた罠であり、此処が宝探しに関係する場所だと確信する。

 一気に不穏な気配を醸し出した廃集落に警戒し、各々の武器を抜き放つ。

 オルガはガントレットとレギンスを展開し、シェーレは片手用の短い杖を取り出した。

 ある程度進んでいくと、急に黒い霧が五人を襲い掛かった。

 霧に包まれた五人は霧の中から居るはずのない存在を目にする。

 それは人型だが赤い眼を光らせた【デーマン】だった。


「そんな!? デーマン!?」


 ジェシカが悲鳴に近い声で叫んだ。

 デーマンは不気味な呻き声を上げながらレギアス達に襲い掛かる。


「固まれ!」


 アナトの指示が飛び、五人は背を向け合って固まる。襲い掛かってくるデーマンを斬り捨て、粉砕し、射貫き、魔法で吹き飛ばしていく。

 デーマンを剣で斬りながら、レギアスは酷い違和感を覚える。デーマンを相手にしているにしては、全く手応えが無い。まるで見せ掛けの偽物を相手にしているかのようだった。


「……アナト!」

「――ああ! 分かってる!」


 そこまで分かれば簡単だった。

 アナトはガンブレイドを逆手に持ち、地面へと突き刺した。そのままトリガーを引き絞ると弾薬が炸裂し、魔力衝撃が剣身から地面へと打ち込まれる。その衝撃は周囲へと駆け抜けていき、黒い霧を吹き飛ばす衝撃波となって地面から吹き出した。

 すると今まで襲い掛かってきていたデーマンは霧と共に姿を消していき、元の廃集落の光景に戻った。

 先程までの光景は【幻影】だったのだ。レギアス達は何者かが発動した幻影相手に武器を振るっていただけに過ぎない。アナトの魔力でその幻影魔法を掻き消したのだ。

 幻影魔法が解除されても警戒は怠らない。術者が必ず何処かにいるはずだと、それらしき存在を探す。

 そして見付けた。廃集落の奥、ボロボロに崩れた家の中に人影があった。

 レギアスはその人影に向かって突っ込み、人影を押し倒すように家の中に入った。


「動くな――っ!?」


 家の中を見て、レギアスは言葉を失った。

 何も反応しなくなったレギアスを追って、アナト達も家の中に入り、中の惨状を目の当たりにする。

 家の中では二人の生徒達が倒れていた。ただ倒れていた訳ではなく、二人とも目の焦点が定まらず、顔を青白くしてまるで狂乱した後のように泡を吹いていたのだ。術者である生徒も、レギアスの足下で同じような状態になっている。


「な……何だこれ……!?」

「これは……明らかに呪いを受けてる……!」


 アナトがレギアスの足下に倒れている生徒を診てそう断言した。


「呪い? おい、呪いって……!?」

「間違いない――――この島に【デーマン】がいる」


 ジェシカとシェーレが怯えるように息を呑んだ。

 呪い、それはデーマン特有の魔法。その魔法を掛けられた対象者は命を蝕まれたり、操られたりする。本能で殺戮を繰り返すような知能が低いデーマンはその力を持たないが、知性を持ったデーマンならほぼ確実に持っている力。

 つまりはこの島の何処かに知能を持つデーマンが潜んでおり、彼らに呪いを掛けて操っていた。幻影魔法はこの生徒の力を使って発動させたのだろう。

 この生徒達は此処に拠点を築いていたのだろう。周りをよく見るとその形跡があり、拠点にデーマンが襲い掛かり被害に遭ったのだと推測出来る。


「ど、どうしてデーマンが!? 先生は島にデーマンは居ないって……!」


 ジェシカが怯えるシェーレを抱き締めながら悲痛な声を上げた。

 レギアスは故郷で何度も下位のデーマンと戦っているから感覚が麻痺しているが、本来は下位のデーマンでもかなり危険な存在。ジェシカとシェーレの反応が正しいのである。


「分からない。だがこれでは試験どころじゃない。すぐに生徒達を学校に帰還させなければ」

「っ……!?」


 アナトの判断は決して間違ってはいない。騎士学校に通っていると言っても、まだまだデーマンと対峙するには未熟過ぎる。呪いを掛けたデーマンが何を考えているか不明だが、これ以上被害が出る前に試験を中止して安全な学校へと帰還させなければならない。

 それはジェシカとシェーレも理解している。だが二人にとってこの試験はただの試験ではない。その試験が無くなれば、実家からどのような対応をされるのか分からない。もしかすると、これを機に学校の安全性を建前に学校を辞めさせるかもしれない。騎士となれば危険は自己責任だが、学生となれば話は別だろうから。


「おい、お前達ぼーっとしてないで辺りを警戒しろ。デーマンが潜んでいるかもしれない。他の生徒もいないか探すんだ」


 アナトはレギアス達にそう指示を出し、周辺を調査した。デーマンに襲われたのは三人の生徒だけであり、デーマンの姿も見当たらなかった。

 デーマンに呪われた生徒達をアナトとシェーレの治癒魔法で可能な限り苦痛を和らげた後、彼らの腕輪に仕込まれている魔法を起動させた。魔法が起動し、彼らが学校に転送された事を見届けると、これからの行動を話し合う。

 試験を中止にする事には問題無いが、それを自分達だけで決める権利は無い。仮にあったとしても、どうやってそれをこの島全域にいる生徒達に伝えるかだ。


 思案していると、レギアスの腕輪からツーツーと音が鳴り響いた。


「な、何だ?」

「……通信?」

「ど、どうすれば?」

「貸せ」


 言われるがままアナトに腕輪を装着している左腕を差し出す。

 アナトが腕輪を弄ると、腕輪からエルドの声が聞こえてきた。


『こちらエルド。レギアス、聞こえるか?』

「あ、ああ」

『何があった? 今強制帰還した生徒達から呪いを感じたぞ?』


 そこからはアナトが説明した。

 廃集落で幻影に襲われ、その幻影を発動していたのはデーマンの呪いで操られた生徒のこと。

 デーマンが出現した以上、この島で試験を続行するのは危険だと言うこと。

 即刻中止にして全生徒を帰還させるべきだと、アナトは進言した。

 しかしエルドの返答は少し予想外のものだった。


『デーマンが……そうか、分かった。試験は即刻中止にする。生徒達には帰還させてから此方から説明を行う。だがレギアス、お前は残れ』

「は? 何で俺だけ?」

『――お前にはそのデーマンを討ってもらう』

「――!?」


 まさかのデーマン討伐命令。それもレギアスだけに向けてだ。

 通常、学生にデーマン討伐命令は出されない。それは単に実力が無いからだ。稀にオルガのような学生でありながら非正規の騎士という者も存在するが、それでも警備ぐらいの仕事しか与えられない。

 なのに、エルドは騎士でもないレギアスにたった一人でデーマンの討伐を命じた。

 その命令に食ってかかったのは、以外にもアナトだった。


「何だそれは!? 何故レギアスにそんな命令を下す!?」

『これはレギアスの有用性を示す絶好の機会だ。此処でお前が力を示せば、お前の立場はより強固になる』


 エルドが言っているそれは、竜騎士に対しての牽制。レギアスがデーマンを倒せる力を持っており人間として戦える事を証明すれば、レギアスの抹殺を企む竜騎士らの行動や考えを改めさせる事が出来るかもしれない。

 確かにこれはレギアスにとって絶好の機会だ。

 だが不安な要素はある。

 ドラゴンの力を抑制されている状態でデーマンに勝てるかどうかだ。

 知性のあるデーマンの力はそこそこある。レギアスが純粋な身体能力だけで倒してきたデーマンとは格が違うと言っても差し支えない。仮に魔力をある程度解放出来たとして、ドラゴンの力に呑まれない保証は何処にも無い。もし呑まれてしまったら、自分はドラゴンとなって人間を殺し回ってしまうのかもしれない。


「……どうすんだレギアス?」


 オルガは真剣な面持ちでレギアスに訊いた。

 レギアスの答えは決まっていた。


「――やろう。俺がデーマンを見つけ出して倒す」

「レギアス……!?」


 アナトは信じられないと言った顔をする。

 そんなアナトにレギアスは安心させるように笑いかける。


「大丈夫だ。俺はデーマンとの戦闘は心得てるつもりだ」

「……くっ、この馬鹿が!」


 アナトはレギアスの左腕を捻り挙げ、腕輪を自分の口元に近付ける。

 そして通信の向こうにいるエルドに向かって怒鳴りつける。


「おい不良教師! 私もレギアスと行動する!」

「はぁ!?」

『はぁ!?』


 レギアスとエルドは同じ反応をした。

構わずアナトは続ける。


「レギアスが倒したって言う証人が要るだろ! 王女の私が証人なら誰も文句は言えない!」

『おいそれじゃ俺が先輩にどやされるだろうが!?』

「知らん! お前はさっさと生徒達を回収しろ!」


 そう言ってアナトは腕輪の通信を切断し、自分の左腕に装着している腕輪を取り外して握り潰した。

 呆気に取られ、口をあんぐりと開けてアナトを見つめるレギアスに、アナトはカァーっと頬を赤くして捲し立てる。


「お前が心配だとかそんな気は無い! お前が怪我でもしたら姉さんが心労で倒れるだろうから手伝ってやるんだ! 決してお前の為じゃない!」

「……あー……ありがとう?」

「フンッ!」


 アナトはそっぽを向いた。

 そして「あ……」と声を漏らした。

 視線の先には状況が分からず困惑しているジェシカとシェーレがいたのだ。

 今の話を全部聴かれていた。幸いドラゴンというワードは出なかったが、レギアスが何か特別な立場にいることは知られてしまったようだ。

 どうあっても誤魔化せない状況に焦るが、何かを言う前にジェシカが口を開いた。


「あの……今のどういう事ですか?」

「デーマンを討伐するって……レギアスさんはいったい……?」

「あー、その……」

「すまないが、国家機密だ。お前達を巻き込む訳にはいかない。もう間もなく強制転送されるから、お前達は何も心配せず学校に帰るんだ」

「……」

「……」


 二人は互いに見合い、腕輪に視線を落とす。

 エルドが学校側で帰還の為の強制転送の魔法を発動するだろう。そうなればこの危険な状況から脱して安全が確保される。腕輪を装着していれば、転送されるのだ。

 だがここで、シェーレが思わぬ行動に出る。

 なんと自分の腕輪を外したのだ。


「シェーレ!? 何をしているの!?」

「ジェシカ姉さん、私も残るわ」

「えっ!?」


 腕輪を地面に置き、杖を向けて魔法で破壊した。

 これでシェーレは強制転送されなくなってしまう。

 妹の奇行に驚いている姉に、シェーレは強い意志を持って告げる。


「私はレギアスさんの助けになりたい。助けて貰った恩を返したい。それが今だと思うの」

「シェーレ……!?」

「それにこれは私達にとっても絶好のチャンスだよ。一年生でデーマンを討伐できれば、それだけで将来に有利に働くと思うの」

「っ!」


 シェーレの言葉に、ジェシカも腕輪を外して矢で破壊した。

 これでジェシカも帰還出来なくなってしまった。

 二人はレギアスに向き直り、決意を告げる。


「レギアスさん、アナト様、私達もデーマン討伐に加わります」

「必ずやお力になります」


 レギアスはアナトを見た。アナトは頭を抱えていたが、腕輪を破壊してしまった以上帰ることはできない。此処に置いていくわけにも行かず、仕方なく了承した。


「ありがとう、二人とも。事情は話せないが、その変わりお前達は絶対に死なせない」


 ジェシカとシェーレは頷いた。


「さってぇ! 話が決まったようだし、さっさと行こうぜ!」


 オルガはそう言ってレギアスの肩に腕を回して体重を乗せた。


「オルガ、お前は――」

「分かってんだろ?」


 オルガは既に腕輪を外していた。クルクルと指で回し、そして握り潰した。

 レギアスは苦笑し、拳をオルガに突き出した。


「期待してるぜ」

「任せな」


 オルガはレギアスの拳に己の拳をぶつけた。

 こうして試験は突如として、レギアスらによるデーマン討伐任務へと変わったのである。

 五人が廃集落から空を見上げると、その空はまるで彼らのこれからの不吉を表すように、どんよりと曇っていた。

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