第12話


「いやっ! 来ないで!」

「うぅっ……!?」


 辿り着いた場所では、二人の女子生徒が巨大な熊に迫られていた。

 女子生徒の一人は熊にやられたのか、脚から夥しい血が流れていた。

 もう一人は怯えながらも弓を熊に向けてはいるが、その手は震えて狙いが定まっていない。

 レギアスは二人が危険だと判断し、二人を襲う熊に飛び掛かった。


「ドラァ!」

『ギャウッ!?』


 熊は二人しか目に入っていなかったのか、レギアスは簡単に蹴りを叩き込むことが出来た。

 レギアスの怪力で蹴られた熊は悲鳴を上げてから悶え、地面に倒れる。

 レギアスはそのまま熊の頭に剣を突き刺し、苦しみを与える時間を短くした。

 剣を抜き、地面に突き刺して怪我をしている生徒へと駆け寄った。


「大丈夫か……ってな訳ないか」

「くぅぅ……!?」


 その生徒の傷はかなり深かった。熊の爪で引き裂かれたのだろう、肉を大きく裂かれている。傷口から骨が見えそうだ。これでは試験どころではないだろう。


「どうしよう!? 私の魔法じゃこんな傷治せない!」

「だったらリタイアするんだ。学校に戻ればすぐに治る」

「で、でもそれは……!?」


 女子生徒は判断に迷った。

 何を迷う必要がある。確かに試験の点数は低くなるが、この怪我をこのまま放置は出来ない。仮に応急処置を施して動けるようになったとしても満足な成果を出せるとは思えないし、他の猛獣に遭遇すれば今度こそ終わりだ。


 それにエルドは言っていた。猛獣に襲われない限り制限魔法が働いている、それはつまり猛獣相手には制限魔法が働いていないと言って良い。それはこの怪我を見れば一目瞭然だ。早く止血し消毒して傷を塞がなければ最悪命に関わるかもしれない。


「所詮は試験だ。こんな所で彼女の人生を台無しにする必要は――」

「私達には後が無いのよ!」

「――なに?」


 弓を持っていた女子生徒は涙を流してそう訴えた。

 言葉に意味が分からず、レギアスは首を傾げる。

 女子生徒は言葉を続ける。


「私達は試験で成績を残さないと未来が無いのよ! 騎士にならないといけないのよ!」


 そう訴える彼女の顔は必死だった。

 何か大きな事情があるのだろうか、彼女達はこの試験をリタイアする事を避けたいようだ。

 だが現状はそれを許さない。怪我をしている子は今すぐに処置しなければ危険な状態だ。このまま試験を続けるのは到底不可能だ。

 レギアスは少しだけ考え、「よし」と頷いた。

 ブレザーを脱いで下に着ているシャツの汚れていない部分を破った。


「おい、魔法で水は出せるか?」

「え? うん……」

「ならこの子の傷口を水で洗え。お前で治せないのなら、止血してアナトの下に連れて行く」

「あ、アナト様……!?」


 レギアスはアナトが高位の治癒魔法を使えることを知っていた。アナトならこの傷も治せるかもしれない、少なくともある程度までは治せると考えた。事実、治癒魔法を学ぶ授業ではアナトが一番の成績を叩き出していた。

 レギアスは破ったシャツで脚を強く縛り上げて止血する。縛った時に痛みで女子生徒は悲鳴を上げたが、構わずにギュッと締め付ける。


「おい、この子を背負って付いて来い。その状態でこの子に出来る治癒魔法で痛みを和らげてやれ」

「う、うん!」


 レギアスは剣を鞘に戻し、倒れている熊を担ぎ上げた。

 その状態でレギアス達は拠点へと戻る。道中で他の猛獣に襲われる事なく拠点に戻ってきたレギアスは熊をオルガの前に放り投げた。


「うおっ!? とんでもねぇモン獲ってきたな」

「アナトは何処だ?」

「そろそろ結界を張り終えて――ほら、ちょうど戻って、って!? どうしたんだよその子!?」


 オルガはレギアスの後ろにいる二人を見て目をギョッとさせた。

 レギアスは戻ってきたアナトを呼んだ。


「アナト! この子の傷を診てくれ!」

「は? 何だいきなり?」

「熊に襲われて脚を引き裂かれてる。止血はしたがすぐに治療しなきゃマズい」

「……分かった」


 アナトもリタイアすれば良いのではと考えたが、王女として目の前で傷付いている者を見捨てる気は無いと治療に当たった。

 アナトの治癒魔法でものの数分で傷は塞がり、怪我を負った女子生徒は顔に血の気が戻り、もう一人は安堵したのか泣き出した。

 その状況にアナトはレギアスに説明を要求する、と睨んで訴えた。




 暫くし、日は落ちて夜になった。

 今日は拠点作りと今後の行動予定を組み立てるだけに止めた。

 今はレギアスが仕留めた熊を解体し、焼いた熊肉を【五人】で食べていた。


 二人の女子生徒はそのままレギアス達のチームに留まっていたのである。

 弓を持っていた短い金髪の子はジェシカと名乗り、怪我をしていた長髪で同じく金髪の子はシェーレと名乗った。二人は二卵性の双子であり、ストリーナ家という貴族の娘らしい。

 ストリーナ家はマスティア王国の貴族の中でも下級だそうで、代々政略結婚で財政や立場を確保してきたらしい。そして今回はジェシカとシェーレがそれぞれ顔も見たことも無い貴族の所へと16歳で嫁がされそうになった。

 だが騎士になり、それなりの地位に就けばストリーナ家から有能な騎士が輩出されたとして家の地位も上へと確立されると分かり、ジェシカとシェーレは騎士になる事を条件に婚姻を保留にさせている。

 だからただの一度も試験で落第する訳にはいけないのだと、泣きながら話したのだ。


 レギアスは貴族というものをよく知らない。ただ偉そうにふんぞり返っているのが多い印象しか持ち合わせていない。だが貴族は貴族で色々複雑で面倒でクソッタレな問題を抱えているんだな、とジェシカとシェーレに少なからず同情した。

 だがレギアス以上に二人に対して同情の念を抱いているのは意外にもアナトだった。

 アナトも王族故に家臣から貴族との見合い話は当然上がってきている。だがそれらを全て騎士学校を理由に断り続けている。国王も見合い話を進める気はなく、あくまで体裁を整える為に受け取っているだけに過ぎないらしい。


 強引に進められていないだけマシだが、少なからず彼女達の気持ちを理解したアナトは、なんと二人をチームの協力者として迎え入れると言い出したのだ。

 レギアスとオルガは彼女達が姑息な手段を使うような者達とは思わなかった為、別段断る理由も無いのでそれを了承し、今に至るのだ。


「あの、改めてお礼を申し上げます、アナト様。妹の傷を癒やしてくださり感謝致します。レギアス様も、命を助けていただき何とお礼を申し上げたら良いか……」

「ありがとうございます」

「ウム」

「様って……同級生のよしみだし、そう大袈裟に受け取らなくて良い」

「それはいけません、レギアス様」

「頼むから様は止めてくれ。レギアスでいい」


 生まれてこの方、そんな呼ばれ方をされた事の無いレギアスは擽ったさと変な抵抗感に身体を捻らせる。

 ジェシカはそれならばと了承し、名前のみで呼ぶ事にした。

 そのまま女性陣は貴族の愚痴を言いながら食事を済ませ、レギアスとオルガは残っている熊の肉を土で即席の燻製機を作って数日分の食料を確保した。

 その後、五人でこの試験についての話し合いを行う。


「エルドが言っていたマジックアイテムってどんなのか想像出来るか?」

「生徒全員を帰還させると言うからには設置型だろうな。だから大きさはそこそこあるはず」

「って事は、隠す場所もそれなりにデケぇって訳か」

「でしたら、やはり島の中心部が怪しいのではないでしょうか?」

「特に中心に聳え立つ山がそうなのでは?」


 シェーレは天を穿つほど高い山を指した。山の中腹までは木々で覆われているが、山頂に近付くほど岩山になっているそれは、確かに異様な存在感を放っていた。

 だがあんな分かり易い場所に宝を隠すだろうか。山の内部に繋がる迷宮みたいなのがあるのなら話は変わってくるかもしれないが。


「なら明日は山に登ろう。仮に山じゃなくても、山の上から島全体を見渡せれば何か分かるかもしれない」


 レギアスのその案に、アナト達は頷いた。

 そうと決まれば明日の体力を確保する為に今日はもう休む事にした。

 アナトが結界を張っているとは言え、用心するに越したことはない。交代制で見張りをする事になり、オルガから見張りを引き受けた。

 オルガが作った寝床は木と葉で作られたテントではあるが、木で骨組みされた物を大量の大きな葉で包み、隙間風を完全に遮断していた。更に木で作られたベッドも用意されており、サバイバルにしては快適過ぎる環境を手に入れていた。




 夜は深まり、今はレギアスが見張りを行っていた。

 焚き火の灯りだけが周囲を照らし、肌寒い夜を温めている。


「……?」


 ふと、レギアスは変な気配を感じ取った。

 人ではないその気配に当初は獣かと考えたが、それも違うと察した。

 と言うのも、レギアスの内に眠るドラゴンの力が薄く反応しているのだ。

 まさかデーマンかと警戒したが、その気配は何をするわけでもなく完全に消えていった。

 念の為に周囲を見てきた方が良いだろうかと、立ち上がって剣を持ったその時、レギアスのすぐ後ろで物音がした。剣を抜き放ち、後ろを振り向くとそこにはシェーレが驚いた顔で立っていた。


「あわわわ……!?」

「えっと……悪い」

「い、いへ! 私こそごめんなさい!」


 剣を収め、一度周囲を見渡してから、ドラゴンの力も形を潜めた事もあり一先ず警戒を解除した。元の場所に座り、焚き火に木を焼べる。


「……あれ? 何で起きてるんだ? 交代の時間までまだあるだろ?」


 シェーレはレギアスの次の番だったが、まだその時間は先である。

 もう少し休んでいても問題は無いはずなのだが。

 シェーレはその場でモジモジしながら「えっと、えっと」と言っている。とりあえずレギアスは立ちっぱなしもあれだと言ってシェーレを座らせた。

 そのまま少しばかり無言が続き、レギアスは若干の気不味さを抱き始める。


「あ、あのっ!」

「っ!? は、はい?」


 いきなり声を張り上げたシェーレにレギアスは肩をビクつかせてしまう。


「ひ、昼間はありがとうございました」

「え? いや良いって。困った時はお互い様だろ?」

「で、でもレギアス様――レギアスさんが来てくれなければどうなっていたか」


 確かにそれはそうだ。二人はリタイアするつもりが無かった。もしかしたらあのまま熊に殺されていたかもしれない。お家事情も大変だが、命を落としてしまっては本末転倒だろう。望んでない婚姻をするのは辛いのかもしれないが、と言うのは酷な事だろうか。


「ま、今回は運が良かったとしか言えない。自分の道を突き進みたいのなら、相応の力を付けるこった」

「……私には、騎士の才能が無いんです」


 シェーレはいきなりそう語り出した。浮かない表情のまま、暗闇に揺れる焚き火の炎を見つめた。


「ジェシカ姉さんは弓の腕前があります。幼い頃から様々な表彰を貰いました。でも私には何も……。いつも部屋で本ばかり読んでいた私なんか……」

「……ならお前は、誰とも知らない奴んところに嫁がされても良いのか?」

「……それは……嫌です……けど」

「だったら腹決めて突き進め。才能が無い奴の気持ちは、正直俺には分からない。だけど自分の道を進みたいって思うのなら、迷わず自分を信じて足を踏み出せ」

「……!」


 シェーレはハッとした顔でレギアスを見つめる。

 憑きものが取れたように瞳に光が灯っていく。

 シェーレは自分の両手を眺め、何かを思ったのかグッと握り締めた。

 自分の言葉が良い助言になったようだとレギアスは笑みを浮かべ、そろそろ交代の時間だと立ち上がった。


「あの! ありがとうございます! 私、頑張ってみます!」

「おう。ま、俺も俺で色々事情を抱えてるから何時でも力になれないが、少なくともこの試験で強力し合ってる内は全力で助ける。だからお前も俺達を助けてくれ。一先ず、見張りよろしく」

「はい!」


 大きな欠伸をしてレギアスは自分の場所に寝転がって仮眠を取った。

 シェーレは小さく「よしっ!」と気合いを入れて見張りに就くのだった。



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