第11話


 そして、いよいよ定期試験当日がやって来た。

 レギアス達一年生は学校の校庭に集められ、何が始まるのかと皆口々に騒いでいた。

 そして皆の前に、何時ものように気怠げな態度ではあるが、どこか纏う雰囲気がピリッとしたエルドがやって来た。壇上に乗り、皆から顔が見えるようにしてから咳払いをする。


「あー、あー」


 声を大きくする魔法を使っているのか、校庭にいる全員に聞こえるようにして中間試験の説明を始める。


「おはよう諸君。今日は一年生最初の試験だ。入学したから学んだ事が本当に身に付いているのか証明してもらう。なぁに安心したまえ。怪我はするだろうが死にはせんさ」


 いきなりの爆弾発言に生徒達はより騒然とする。

 怪我をすると言う事は、今年の定期試験は実地試験だ。

 噂では実地試験はかなりキツいものだと聞く。過去にあった中では、戦闘を含んだものもあるらしい。

 不安を口にする生徒達を前に、エルドは大声を張った。


「狼狽えるな小童ども!」


 エルドの迫力に騒いでいた生徒達は一斉に口を閉じ、エルドに注目した。

 静かになった事を確認すると、エルドは話を続ける。


「たかが試験如きで臆する小心者が、騎士として剣を抜けると思うな。俺がお前達の担当になったからには、例え小便を垂れ流す一年生であっても容赦なく技術を叩き込んでやる。それは必ず騎士になってから役に立ち、お前達が生き残れる可能性を引き上げる。だからお前達はただ只管に研鑽しろ。金の為にしろ名誉の為にしろ、騎士になりたくば全力で励め!」


 普段のエルドからは想像出来ない激励に、レギアスは感心する。

 同時に賛同もした。

 騎士とは命を懸けてデーマンとドラゴンから世界を、人々を守る存在。

 そんな存在が遊び半分で成って良い筈もない。


 レギアスは知っている。怪我で満足に戦えない養父が、幼い自分達を守る為に剣を握ってデーマンと戦った姿を。

 その姿はレギアスの心に濃く焼き付いている。レギアスが一番憧れる男の像だ。

 一年生の雰囲気がガラリと変わり、エルドは軽く笑って何時もの気怠げな態度に戻る。


「ハッハッ、だがまぁ最初の試験にそこまで気合いを入れて挑む必要は無い。お前達は自分のやれる事をきっちりやれば良い。さて、では肝心の試験内容だ」


 エルドが指をパチンと鳴らした。

 すると生徒達の後ろの空間が歪み、巨大な穴が広がった。その穴の向こう側には砂浜が見え、別の空間に通じているのだと分かった。


「その穴の向こうは学校が所有する一つの島だ。猛獣はいるがデーマンはいない。お前達にはそこで宝探しを行ってもらう」

「宝探し?」


 レギアスは変な試験内容に眉を顰める。


「あの島の何処かにこの学校に帰還する為のマジックアイテムを隠した。それを見付け、帰還するのが試験内容だ。先に帰還した【チーム】から高得点をやる。いいか? この試験の最大の目標はアイテムを見付けて帰還する事だ。その為ならば何をしてもいい。当然、他のチーム同士で協力し合っても構わない。点数はこれから配る観測装置によって左右されるがな」


 そう言って他の教師達が事前に設置されていた台に被せられた布を剥ぎ取る。その中には全生徒分の腕輪が置かれており、教師達は魔法でそれらを浮遊させ生徒達に配る。

 目の前に運ばれた腕輪を手に取ると、それは独りでに各生徒の左手首に装着された。見かけは特段変わった様子もなく、ただの銀色の腕輪だ。腕を使うのに邪魔にならないよう、薄く造られている。


「その腕輪を通して島での行動を確認する。その行動と帰還順を考慮して最終的な点数を出す。また、試験の期日は一週間。それを過ぎれば強制帰還、帰還点数は0とする。尚、途中リタイアも可能だ。その場合は腕輪に刻まれている魔法を発動しろ。そのチーム全員を即刻転移させる。説明は以上だ。何か質問があるか?」


 すると、一人の男子生徒が手を挙げた。

 エルドはその生徒を指名すると、生徒は質問をする。


「帰還順位を確保する為に、他チームの妨害は認められますか?」


 それは何とも物騒な内容だった。

 その質問を聞いた何人かの生徒は怯えていた。

 エルドは顔色一つ変えず、ただ静かに頷いた。


「ウム……猛獣に襲われない限り、制限魔法が働いている。戦闘になっても死にはしない。騎士ならば、戦い勝ち取る事は良くある事だ」


 どうやらただの宝探しでは済みそうにないと、レギアスは覚悟を決めた。

 その後、例の実地訓練の為のチームがこの試験の為のモノだと判明し、レギアスはアナトとオルガのチームで試験に挑む事となった。

 これから最大で一週間、レギアス達は三人で島でのサバイバル生活を送ることになる。

 互いに協力し合い、島でのサバイバルを行いながら宝を見付ける。

 レギアスは試験に挑む緊張感の他に、ワクワクとした高揚感を抱いていた。


「さて、よろしく頼むな、お前ら」

「おう! アウトドアは俺の得意分野だからな! ドーンと頼ってくれや!」

「ドジを踏むなよ、レギアス」


 レギアス、オルガ、アナトは万全の状態で試験に挑む。

 三人の顔には不安が一切無い。

 生徒達全員が島に繋がる穴へと近付くと、エルドは意気揚々と合図を下す。


「それでは第一学年中間試験【宝探し】――――開始ィ!!」


 空間に開いた穴が大きくなり、レギアス達一年生を一気に飲み込んだ。

 エルドの目の前に残った光景は、誰も居なくなり静かになった校庭だった。

 一仕事を終えたエルドは葉巻を取り出し、口に咥えて火を点ける。煙を吐き出し、被っているハットを落とさないように押さえて空を眺める。


「さてさて――――今年は何人ゴール出来るかねぇ」

「エルド先生の予想は如何です?」


 一人の教師がエルドにそう尋ねた。

 エルドは「う~ん」と考えてから、呟くように答える。


「――死人は出て欲しくないねぇ」






 レギアス達が砂浜に立ったその瞬間、試験は開始された。

 エルドに質問をした男子生徒のチームが最初に行動した。

 風を操る魔法を発動して砂浜の砂を巻き上げ、自分達以外の生徒達を砂の竜巻の中に閉じ込めた。

 突然の事に多くの生徒達が悲鳴を上げ、その隙に男子生徒のチームは先行して砂浜の向こう側に広がる森林へと突入していった。


「チッ……」


 舌打ちをしたアナトはガンブレイドを右手に出現させ、弾薬を炸裂させて魔力の刃を放出させて砂の竜巻を斬り裂いた。竜巻は収まり、閉じ込められていた生徒達は解放される。


「ペッペッ……砂食っちまったぜ」

「魔法って凄ぇや……」


 オルガは口から砂を吐き出し、魔法を使えないレギアスは場違いな感想を述べる。

 アナトはガンブレイドは異空間へと収納し、自分に張り付いた砂をはたき落とす。

 そんなベールに生徒達は感謝を述べていく。

 それを余所に、レギアスとオルガは冷静に現状を確認し始める。


「で、これからどうする?」

「宝探しより先に拠点の確保だな。水や火は魔法で出せるが、食料は出せねぇ。それも確保する手段を得たほうが良いな。今までの授業を思い出せば、殆どが戦場で生きる為の魔法や技術ばかり学んでた。って事は今回の中間試験の目的はサバイバル技術を会得しているかどうかを確かめる為だろうな」

「……先に行った奴ら、それ考えてんのかな?」

「考えてたら良いけどな。ま、でもいの一番に動いたのは評価すべきじゃね?」

「確かに」


 考えはどうあれ、他者より早く動き出せた事自体は誰にでも出来ることではない。

 事実、彼ら以外のチームは砂浜に降りたった直後、広がる島の光景に意識を持って行かれて動き出す事が出来ていなかった。有事の際に即行動できるのは優秀だろう。


「エルドは他のチームと協力しても良いって言ってたが、俺達はどうするよ?」

「人手は多いに越したことはねぇが、変に競争意識を持たれちまったら面倒だ。組むとしても、人を選ぶ必要はあるだろうな」

「……これはアナトとも相談するか」


 二人は生徒達から解放されたアナトと合流し、これからの予定を決め合う。

 アナトも拠点作りには賛成し、チームの事は一先ず保留する事になった。

 最初から他のチームと組んでしまっては、三人で組んだ意味が無いと思ったからだ。

 先ずは三人で行動しようという、アナトの考えだった。


 三人は拠点作りの為に、先ずは島の外周を回ってみることにした。現在立っている砂浜のから見える島の端までは障害物が無く、ある程度歩いて結果、この島は中心に行けば行くほど深い森と高い山になっており、外周は砂浜と海に囲まれた孤島だと判明した。外周には砂浜以外何も無く、雨風を凌げそうな場所は無かった。その為、三人は島の内側へと足を踏み入れた。


 森林地帯に入ると大抵は地面が泥濘んでいたり険しかったりするものだが、今歩いている場所は舗装されているように小綺麗だ。人の手が入っているのか、それとも自然が作りたもうたモノなのか、兎も角歩きやすく視界も悪くない環境だった。


「そういや、一年生が集まったのって俺が来てからこれが初めてか?」


 不意にレギアスがそんな疑問を口にした。


「確かにな。入学式以降は集まる機会は無かったし、お前が目にするのはこれが初めてだろ」


 道を歩きながらアナトがそう答えた。

 一年生はざっと見て50人も居なかった様な印象を受けた。あの人数ならメンバーが足らないチームも存在しているのではないだろうか。


「例年、全員が進学できるとは決まってねぇらしいぜ?」

「そうなのか?」

「今の二年は進学する時に半数が居なくなったらしい」

「結構厳しいんだな。まぁ騎士になるとしたら当然か」


 ただ学校に入学しただけで騎士に成れるのなら、既に世界はドラゴンが手を下すまでもなく、デーマンによって滅ぼされているだろう。

 そう言えばと、レギアスは二人にとある事を尋ねる。


「お前らって、十二竜騎士の事はどれぐらい知ってるんだ?」

「は? 何だ藪から棒に……」


 アナトは立ち止まって振り向く。


「いや、世界最強の十二人なんだ。気になるだろ?」

「私は王女だから全員の顔を知ってはいるが、直接話した事があるのは二、三人だ」

「俺は顔すら見たことねぇよ」

「へぇー……」


 竜騎士は中々神秘的な存在らしい。普段は王都から離れて担当領土を統治しているらしいが、あまり表舞台には立たないのだろうか。かく言うレギアスも竜騎士の存在は知っていても顔も名前も知らないのだが。


「やっぱ竜騎士も学校を卒業してるのか?」

「そうとも限らない。中には特例で学校を卒業していなくても竜騎士に任命された者もいる」

「そうなのか?」

「それ程の実力者だったと言う事だろう。金やコネでその座に就く事は絶対にないからな」

「……そうか」


 レギアスは内心、戦慄していた。

 正直なところ、レギアスは学校に来るまで慢心していた気質がある。

 化け物染みた身体能力を持つが故に、デーマン相手でも素手で戦うことが出来る。そこら辺の人間相手にも負ける事は無かった。唯一負けた相手は養父であるオードルだけ。だがそれも幼少期だけで、成長するにつれてオードルの身体も満足に動かなくなり、レギアスも力を付けていった。


 それが学校に来てどうだ。身体強化を使っているとは言え、アナトはレギアスの力と拮抗し、オルガも組み手のトレーニングで瞬間的な爆発力ならレギアス以上の力を発揮した。最終的に勝つとは言え、油断したらすぐに追い抜かれそうな実力を二人は持っている。ベールも試験前の組み手では一泡吹かされた。

 学生の時点でこの実力なのだ。ならば竜騎士はどれ程の強さなのだ。己など、片手間で殺されてしまうのではないか。


 そう考えるとレギアスは彼らが末恐ろしく思えた。レギアスは彼らに常に警戒され、命を狙われている立場なのだから。


「……お? 此処なんか良いんじゃねぇか?」


 一番先頭を歩いていたオルガが、少し拓けた場所を見付けた。

 小さな滝壺があり、その近くに拠点を築けそうなスペースもある。海岸からもそこまで離れているわけでもない。辺りも湿気が無い理想的な空間だ。

 レギアス達はこの場所を拠点とする事に決め、各自役割分担を決めて行動に移した。


 オルガは寝床や竈を作り、アナトは魔法で周囲に結界と索敵を設置していく。デーマンはいないが猛獣がいると言っていた為、それの対策だ。

 そしてレギアスは食料の調達に出た。ワグナ町に住んでた時には狩りは日常茶飯事だった。その為どのように狩りを為れば良いのかレギアスはよく理解していた。地形によるある程度の違いはあれど、三人の中ではレギアスが一番狩りに適していた。


 地面に残る足跡や糞等の形跡を辿り、小動物の姿を確認する。制服に泥や土を眩し、可能な限り人間の匂いを消していく。手元には弓矢が無い為、手頃な小石を数個手に取り、射程距離までゆっくりと近付く。そして狙いを定め、小石を小動物目掛けて投石した。レギアスの力によって投げられた小石は弾丸となり、小動物の頭を粉砕した。


「ふぅ……ん?」


 獲物を回収しようとすると、その獲物は別の獣の口に咥えられた。

 それは狼だった。黒い毛を靡かせ、レギアスが仕留めた獲物を咥えながらレギアスを睨んでいる。


「テメェ……獲物を横取りする気か?」


 であれば、狼を本日の晩餐にするだけだと、レギアスは腰の剣を抜いた。

 狼との間合いを計っていると、森の何処からか悲鳴が聞こえてきた。


『きゃああ!?』

「ッ!?」


 レギアスがその悲鳴に気を取られた瞬間、狼は獲物を咥えて森の奥へと姿を消してしまった。

 舌打ちするレギアスだが、悲鳴が気になり聞こえた方角へと駆け抜けていく。


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